2014-04-13

特集「ku+」第1号 読み合う 胡椒軍曹はかく語りき 依光陽子

特集「ku+」第1号 読み合う
胡椒軍曹はかく語りき

依光陽子

吾輩の名前は胡椒軍曹という。50年ほど前に吾輩の「さみしい心の倶楽部の楽団」が広く世に紹介されたため或いはご存知の方もいるかもしれない。

つい先日天国で、茄子をこよなく愛し俳諧を営まれたという御老体とウマがあい共にきつねうどん等を喫していた折、一度も面識がないくせに自分の名を矢鱈と語る輩がいて何か始めたらしい、というので名前を尋ねると満更知らぬ者でもない。

どうも最近ストレス解消と称してゲームばかりやっているので、なればちょっと行って喝でも入れてやるかと降りてきたところ、何やら枯れた植物の一茎に見惚れておる。

いかにも暇そうなので暇なのかと訊くと、暇じゃない、今週中にその雑誌の句評を書かねばならぬ、という。ならば早く書けと言う。じゃあ爺さんが代わりに書いてよ、などと生意気な口をきくので試しに手にしてみたが何の雑誌かサッパリわからぬ。

ku+。これが俳句の雑誌か? パンクでジャンクなロゴに吾が祖国を思い出し、望郷の念に不覚にも目を濡らしてしまった。ところでなんでこの絵はスカートと脚しかないんだ?と訊くと「そっちは裏。表紙は逆」と声が飛んできた。

 起床して自然ではない十一月、窓を滑る蜂 福田若之
 やっていることは昨日と同じだが汗が凍りはじめた

なんとも福々しい縁起のよさそうな名前だが(事実、本人はいつもニコニコ笑っているらしい)、句は暗い。いや、屈折しておる。

栗林一石路ばりのプロレタリア俳句とも見えるが、紛れもなく「今」の俳句だ。現代社会、殊に都市という空間に身を置いて働いていると、自分の立ち位置も季節感も年々希薄になる。それを蜂の描写に集約させたのがいい。

この作者の根底にある、諦念とか閉塞感とか遠い憤怒の入り混じった感覚、そしてそれらを覆うような無機質な言葉の連なりがヨリミツはかつての自分にリンクするのだと言う。

27歳も年下の青年の気持ちがわかるのかと問うと、その27という数がキーなのだと。27といえばジャニス、ジミヘン、ジム・モリソンが逝った歳か。私も前世はフラワーチルドレンだったのよ、と何やらほざいているが、明らかに計算が合わないので無視する。

若之は自己紹介欄にウォーホルやリキテンスタインがただかわいがられてしまう時代の感性に対して俳句で何をどう書こうか、と書いていたが、今時の青年らしからぬ問題意識に吾輩は感心した。キース・ヘリングのiPhoneケースに買い換えてカワイイと騒いでいるヨリミツにも爪の垢を煎じてやってほしい。

「僕のやっていることは全て死にちがいない」「アーティストはHEROではなくZEROなんだ」など謎めく言葉を多く残したウォーホルが生きた時代への憧憬が若之にあるのかどうかは知らぬ。だがウォーホルの言葉がウォーホルという人間像をカモフラージュする道具になっていたのに対して、若之の言葉はかなりリアルに若之自身だ。<結論としては葱だけで満たされやしない>の空虚さは直線で伝わる。そういえば茄子の御老体にも<夢の世に葱を作りて寂しさよ>という句がある。心から怒りとか空しさを永遠に消し去ることができない者が物書きだ、というのが吾輩の持論である。

激甚夕立やみし舗道に牛蒡かな 関悦史
路面を知り擦り傷黒き梨をもらふ

牛蒡はそこに在った。埃っぽい舗道に泥の乾いた牛蒡は同化していた。激甚夕立が止んだのち、牛蒡は牛蒡としての存在を顕かにした。何故そこに牛蒡があったのか。ナンセンス!

一方、梨は、その黒き擦り傷ゆえに、路面のざらざら感を知った者に敢えて選ばれたのだった。このざらざら感において路面と梨は均質になったのである。路面の感触、梨の手触り感。梨好きの吾輩には捨て置けない句である。<二十世紀を路上に撒きぬ野口る理>という句は一読意味を探りたくなったが、ただ直観で感じとればいい気もしてきた(仮にこれが‘二十世紀梨’では只事句だが) 。そうして意味と直観を行き来しているうち「野口る理」がだんだん逆さま言葉に思えてきて、突拍子もなく本をひっくり返した。吊り下げられた文字たちの中でなんと「野口る理」は髭男爵然としていた。ナンセンス! 野口る理を詠んだからにはこれ程の可笑しみが求められる。

ナンセンスといえば、メンバーの古脇語の誕生日は吾輩を紹介した甲虫たちへのパロディ映画「オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ」が放映された日ではないか。この雑誌、だんだん親しみが湧いてきたぞ。

鼻のあなに舌はとどかずヒヤシンス 山田耕司

舌っ足らず、という言葉は用いるが、よもや自分の舌が短いとは思いもよらなかったヨリミツは「舌出してみぃ」と友人に言われてはじめて自分の舌の短さを自覚したらしい。しかし世の中には鼻の穴に舌が軽々届く人間もいるわけで、この句から作者に親愛の情を密かに抱いた者は他にも多数いるはずである。とってつけたようなヒヤシンスという季題だが、もし届いたら、そのヌメッヒヤッとするであろう感触と、ヒヤシンスの花弁のくるんとした形状において、実は緻密に計算された斡旋なのかもしれぬ。いや、ただぼーっとヒヤシンスを見ていたらふと浮かんだんだよね、というほうが読者としてはウレシイが。

風がゆくビルごとに屋上がある 佐藤文香

どこにも季節が書かれていないのに秋の句だと確信するのは、「ゆく」という言葉の効果だろう。鳥が渡り小鳥が来る季節、手の届かないモノの高さを意識する季節。風がゆく、ふと見ればビルごとに屋上がある。意識しない限りモノは見えてこない。屋上が見えた。いくつもの屋上。地面からずっと高いところにある平面。乾いたがらんとした空間。眩しいけれどあたたかくはない場所。『天国が降ってくる』の真理男ように落下することも、首が痛くなるほど仰いで空に溶けることもできる所だ。この句、客観的に景を述べながら決して他者に開かれていないところが興味深い。この日の文香の心は地上から屋上を見上げた。鳥好きの文香はいつか俳句という翼で空を飛びながら、そのことを懐かしく思い返すだろう。吾輩の楽団のルーシーはダイアモンドをもって空を飛んでおったが。

鉄塔と秋の帆船をつなぐひと 生駒大祐

ある一人の人物が人前に押し出される。その人物が成すたった一つの事(鉄塔と秋の帆船を繋ぐという事)以外は何の説明もない。いったい何者で、何のためにそんなことをするのか。実際に何かで繋ぐのか、ただ視線で繋ぐのか。あるいはテグスのように光に消されてしまって、見えないのに実は在る糸で繋ぐのか。何故ほかの季節ではなく秋の帆船なのか。吾輩は鉄塔と秋の帆船をつなぐものは言葉ではないかとも思う。

「さみしい心の倶楽部の楽団」の最後の曲ではピアノの和音と奇妙な声の間を高周波で繋いだのだが、残念ながら中高年には聞こえないので今や吾輩にもヨリミツにも聴こえない。

だが生駒大祐にはきっと聴こえると吾輩は思うのである。

追記

そういえば、ヨリミツにとってはすでに恩人にカテゴライズされる上田信治に、なぜ自分がku+に誘ってもらえたのかと尋ねたら、単純に年齢的なバランス、だと言われたそうで、突然膝カックンをくらったかのごとく拍子抜けしたらしい。まあ逆にそれで気も楽になったそうだが。とにかくあまり他の俳人と接する機会がないヨリミツが、メンバーは皆好きで、彼等の中にただ座っているだけで大層居心地がいいのだと喜んでいたことは何よりだと思っている。(高山れおなの鬼才は怖いらしいが(笑))

おっとずいぶん道草を食ってしまった。残りのメンバーの句を紹介できなかったのは心苦しいが、他のメンバーが素晴らしい鑑賞を呈してくれるだろう。吾輩はこれからヤースナヤ・ポリャーニャに寄って、苔で覆われた世にも美しい墓をどうしても見たい。よって、そろそろ行かねばならぬ。そうそう、最近岩瀬何某という若い実業家がうまいことを言っておった。「多様な人間が同じ目線に立てば新しいものが生まれる」と。ku+とはそんな感じの雑誌だったと茄子の御老体に報告しようかと思う。



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