2014-08-03

おばさんとおばあさんの話 五七五論序説 佐藤栄作

おばさんとおばあさんの話
五七五論序説

佐藤栄作


なぜ五七五なのか、なぜ五七から七五なのか……歌人・俳人でなくとも、興味のそそられるテーマです。このこと、すなわち日本の韻文の型について、日本語の性質の視点から見て行きたいと思います。

五七五を考える際の出発点は、五七五の五・七とは、いったい何を数えているのかということです。候補としては、①文字、②音、③時間が挙げられるでしょう。ということは、この①~③が皆イコールなら、それがそのまま「何を数えているか」の答えとなるはずです。つまり、書く文字の数=発音する音の数=単位となる時間の数(リズムの数)なら何の問題もないのです。

たとえば中国語の場合、漢字は一つ一つが1音節(シラブル、切れ目のない音の連続)となっています。五言律詩の五、七言絶句の七とは、文字の数であり、そのまま音節の数でもあるわけです。そして、それがリズムの単位ともなっていると考えられますが、注意すべきは、漢字1字1字は、常に一定の長さで発音されるわけではない点です。わかりやすくいうと、伸縮自在です。リズムとは、区切られた時間を繰り返すことですから等間隔が基本でしょうが、言語としての音節は、同じ長さでなければならないということはないのです。

どうしてこんな話をするかというと、日本語では、「おばさん」に「おばーさん」と声をかけると怒られます。「おばさん」と「おばーさん」とでは意味が異なるからです。こうした日本語の性質は、実はグローバルスタンダードではないということを確認しておきたいからです。

言語の音節が伸縮自在であるというのは、英語でも確認できます。英語には「短母音」と「長母音」があると学校で習いましたが、「短母音」と「長母音」とは音色が異なるのが普通であり、「短母音」をそのまま長くした「長母音」は原則として存在しないようです。つまり、同じ音色の母音が、長さによって別の母音として働く(意味の区別に働く)ということはないらしいのです。

「おばさん」と「おばーさん」とでは意味が異なるというのは、万国共通でないばかりか、どうも特殊・特別なのです。もちろん、日本語でも、「ひとつ、ふたつ」を「ひとーつ、ふたーつ」と発音しても、語としては変わりません。母音を伸ばして強調することがありますが、別の語になるのではありません。英語と同じです。しかし、「おばさん」と「おばーさん」とは異なる。「しょじょ」と「しょーじょ」と「しょじょー」と「しょーじょー」、これらは皆別語となる。一方、「おばさん」を「おーばーさーんー」と発音しても、「おばーさん」にはならない。これはどういうことか。

日本語では、音節(切れ目のない音の連続)とは別に、時間の単位が存在し、「おばさん」の「ば」は1単位、「おばーさん」の「ばー」は2単位だから異なるとするのが日本語の規則だからなのです。「おーばーさーんー」の場合は、全体を引きのばしている、つまり時間の単位そのものを長くしているので2単位になっていない、そういうように考えられます。この時間の単位を「拍(はく)」あるいは「モーラ」と言います。

音節は、切れ目のない音の連続ですから、見方を変えると、前後に切れ目があるわけです。切れ目を入れるとは、発音する手間が意識されるということです。つまり、1音節は発音の口の手間が1回、2音節は口の手間が2回になります。「おばさん」の「ば」も「おばーさん」の「ばー」も、口の手間数はともに1回です(1音節です)。ところが、後者は「ばー」と発音している間に、時間の目盛りの1を通り過ぎて、2になってしまった。1音節なのに2拍だということです。日本語では、この拍という単位が意味の区別に働いているのです。

回り道をしましたが、この「拍」こそ、俳句・短歌で五だの七だのと数える対象であり、日本語のリズムの基本単位なのです。

生まれて間もない赤ん坊は、どの人種・民族であっても、おそらく、「息」から生み出される「声」を、口の手間数でカウントするはずです。ならば、日本語を習得するとは、子音や母音、文法規則を習得することであるとともに、「拍」を習得するということだといえます。伸縮自在の音節でなく、「声」を、ほぼ時間的に等間隔の「拍」で割っていく、それができるようになっていくことこそ、日本人(日本語母語話者)になるということなのです。

DNAに、「「拍」に割りなさい」という指示が書き込まれているわけではありません。すでに「拍」に割っている日本人たちに囲まれ、日本語を浴びて育っていくうちに、自らも「拍」で割れるようになっていくのです。

そして、不可思議なのは、その「拍」の数です。なぜ、五七、七五、七七なのでしょう。なぜ、それが心地よいのでしょう。

ようやく出発点に立ったのです。



【参考文献】
川上蓁1977『日本語音声概説』桜楓社
高山倫明2012『日本語音韻史の研究』ひつじ書房
 

0 コメント: