2014-09-07

【週俳8月の俳句を読む】私はYAKUZA Ⅴ 瀬戸正洋

【週俳8月の俳句を読む】
私はYAKUZA Ⅴ

瀬戸正洋



部屋を片付けていたら、一冊のノオトが出てきた。途中までしか書いていない。飽きると、そのまま放って置いてしまう。ノオトにしてもボールペンにしても、私は使い切った経験がない。最後のページまで書き切ったノオト、使い切ったボールペンを手にした時、どんなに清々しい気持ちになるのだろう。このノオトは、小林秀雄の「本居宣長」を読んだが頭に入らず、書き写してみれば何とか理解できるかも知れないと思い始めたものだ。正確に書き写したのだと思うが、読み返してみると句読点が正しいのか正しくないのか、誤字脱字があるのかないのか、全く自信が持てなくなっている。

文字も書物もない、遠い昔から、長い年月、極めて多数の、尋常な生活人が、共同生活を営みつつ、誰れ言うとなく語り出し、語り合ううちに、誰もが美しいと感ずる神の歌や、誰もが真実と信ずる神の物語が生まれて来て、それが伝えられて来た。この、彼の言う「神代の古伝説」には、選録者は居たが、特定の作者はいなかったのである。宣長には、「世の識者(モノシリビト)」と言われるような、特殊な人々の意識的な工夫や考察を遥かに超えた、その民族的発想を疑うわけには参らなかったし、その「正実(マコト)」とは、其処に表現され、直かに感受できる国民の心、更に言えば、これを領していた思想、信念の「正実」に他ならなかったのである。(「本居宣長」小林秀雄)

正確に書き写してみた。私の書き写したノオトと比べてみると句読点が出鱈目であった。「小林秀雄講演」CD全八巻、新潮社刊。私はこの八巻は、全てメモしたことがある。そのメモはなくしてしまい、データを保存しておいたPCも壊れてしまった。ただ、「メモ」を取ったという思い出だけは残っている。「小林秀雄講演」を繰り返し聴いたその記憶が、聴く以前より、より深く、小林の作品に入り込むことができたような気がしている。

詩歌のルーツは「誰もが美しいと感ずる神の歌や、誰もが真実と信ずる神の物語」であるならば、何故、それとは違う「軽薄」さや「陳腐」な題材が、私は好きなのか。句作する行為とは自分自身を知るためのものだとすれば、確かに、私は正しく「軽薄」で「陳腐」な人間なのである。従って、それに興味を覚え、題材とるのは、当然といえば当然のことだと思う。

しかしながら、週間俳句8月の俳句については、「軽薄」で「陳腐」な私が、そういった作品を選んだ訳ではなく、むしろ、そうではない、私には手の届かない作品を選んだつもりである。


青ほおずき姓が変わった五歳の子   宮崎斗士

これから幾度となくこの子には困難が待ちかまえていることだろう。それを乗り越えることが、この五歳の子の人生なのである。子供の性が変わるということは、そういうものなのである。そして、「ほおずき」ではなく、「青ほおずき」なのである。五歳の子であるが故に『青』なのである。「ほおずき」ならば、人に例えれば成人、私たちは、そのほおずきを鳴らして遊ぶこともできるし、部屋の一輪挿しに投げ込むこともできる。だが、「青ほおずき」なのである。その場で眺めることしかできないのだ。五歳の子に対して、私たちは見守ること、そして、感情を同じにすることしかできないのである。

夕顔や母と子ぼろぼろの絵本   宮崎斗士

幸せな母と子のイメージである。ぼろぼろになるまで、繰り返し、繰り返し、絵本を読んでもらった子の幸せ。また、「夕顔」と「ぼろぼろ」からは、その家庭の貧しさも感ずることができる。それでも、この母と子は幸せなのである。

このザイルが切れたところで昼寝覚   宮崎斗士

夢が終わるところの常套的な場面である。それも、真夜中の夢ではなく、昼寝の時の夢。誰もザイルが切れて落ちていく経験はないのである。だから、目覚めるしか方法はない。寝汗もかいたことだろう。作者は何か気掛かりなことがあるのだ。

もう少し行けば失恋しゃくとり虫   宮崎斗士

このままでいる方が幸せなのである。だが、青年はその先へ進まなくてはならない。何故ならば恋をしているからだ。恋をすると人は、万万が一に賭ける。それが、青年の特権なのである。結果は、しゃくとり虫の進み方が象徴していることになる。


寝苦しき一夜の明けて蓮の花   遠藤千鶴羽

全てが良い状況に向っていると思われる。それは下五に「蓮の花」と置いたからだ。精神的なものなのか、肉体的なものなのかはともかく「寝苦しき一夜の明けて」には実感がある。夜が明けると、それまで悶々と悩んでいたことが何故か気にならなくなったりする。眠っている時の悩みと、起きている時の悩みは、全く違うシステムが作動するからなのかも知れない。また、悩み過ぎて、悩むことに飽きてしまうこともあるのだ。肉体的なことも同様である。骨折の手術のあと麻酔が切れて痛くて眠れなかったが、始発電車が走り出す音が聞こえてきて、病院内が明るくなり、ざわつきはじめたことを感じた時、段々と痛みも治まり楽になっていった記憶がある。夜が明けるということは、太陽が現れるということは、人間に対しては、そういうことなのである。

三伏の取り皿に酢をたつぷりと   遠藤千鶴羽

餃子のタレであったり、ラーメンであったり、私も酢をたっぷりと入れる習慣がある。酢は体に良いという思い込みだけで、そんなことをしているのだ。噎せながらラーメンを啜り、スープも全て飲む。作者が、何を食べるのかは知らないが、夏の暑さに対抗するために、体に良いと思い、取り皿に酢をたっぷりと入れたのである。もしかしたら、本当は、酢は体に悪いのかも知れないのに。


強化する基地は恐竜の骨組み   豊里友行

鉄骨で強化しようとする基地は、あたかも恐竜の骨組みのようであったということだ。博物館等で眺める恐竜の骨組みは、妙なバランスの上に組み立てられていて、外からの簡単な力によって、直にでもバラバラになってしまうような気がする。恐竜そのものが滅んでしまったことも作者の心の片隅にはあったのだろう。

海潰すわれも墓標の一本です   豊里友行

海に基地を作るということは海を破壊することに他ならない。立派な政治家は私利私欲のために走り回り、頭のよい建設業者は入札のために手練手管を尽くす。俳人は、無力であるが故に、ひたすらに言葉を捜すが、見つからず、とどのつまりは、自身が『墓標』になるしかないということに気が付く。


商店街だんだんただの道の夏   佐藤文香

商店街を歩いていたら、いつのまにか、商店街を抜けてしまったということである。「道の夏」とあるので、作者の青春も、そろそろ終わりなのかと感じているのかも知れない。「商店街」とは、糧を得る場所であり、生きていくために必要な悪にまみれる場所である。「ただの道」とは、私たちは、自身のために何かをする自由な場所なのだ。生きるということは、たとえ不愉快なことであっても理不尽なことであっても、目の前にある何もかもを受け入れていかなければならない。「ただの道」は、果てしなく続いている。

ところどころで顔に冬日のあたる道   佐藤文香

道を歩いているとたまに冬日が顔に当たる。冬の日は暖かい。人生には、時々、そんなこともあるのだ。顔は人にとって肝心なものなのである。冬日を全身に浴びなくても、顔にさえ当たってくれれば、それで、十分だと思うことは大切なことなのかも知れない。

夏蜜柑のぼりきれば坂ぜんぶ見える   佐藤文香

登り切れば全ての坂が見える。中途半端に登っても、その一部しか見ることは、できないのだと言っている。頂に夏蜜柑の木がある。剝きにくく甘酸っぱい夏蜜柑。たとえ登り切ったとしても全てを見ることは不可能なのだが、作者はぜんぶ見えると言っている。全てが見えるということは、不愉快で、非常に恐ろしいことなのだが。


奥多摩のへそ饅頭と夏惜しむ   竹内宗一郎

へそ饅頭を食べながら夏を惜しんでいる。どこにでも、へそ饅頭はあるが、奥多摩のへそ饅頭は有名なのだろう。家族旅行とか仲間同士のハイキングで奥多摩を訪れたのかも知れない。

台風の対策本部椅子が足りぬ   竹内宗一郎

台風の対策本部といっても自治会とかPTAによる対策本部なのだろう。椅子が足りぬという表現から、一昔前の、何かのんびりとした対策本部のようなイメージだ。大雨が降れば大雨に驚いてみたり、雪が降れば心がわくわくする。それらのことは遠い昔の話だ。大雨、突風、積雪等々。これらの気象を恐ろしいと感じるようになってしまったことは、いったい、何が原因なのだろうか。


ソクラテスの妻の忌知れず落し文   司ぼたん

ソクラテスについて私は何も知らない。著作は何も無く、ソクラテスを識るにはプラトンを読まなくてはならないということは何となく知っている。プラトンは、重要な問題は、自分は何一つ書き残してはいないと言ったということも知っている。ソクラテスの妻は悪妻だったということも何となく知っている。古代ギリシャの世から、誰もが「悪妻」であることは常識なのだが、男も女も気が付かないふりをしている。晴れた日に土手に寝そべり「悪妻」について思いを馳せることは楽しいことなのだ。作者はソクラテスの妻の忌は、知られていないとも言っている。ところで、「落し文」とは、昆虫なのか、それとも、落書なのか、脅迫書なのか、私は知らない。

手の汗の感情線を飛び出せり   司ぼたん

感情線という言葉からは占いをイメージする。占いに頼る時、人は心身ともに負の状況にある。だが、作者は、感情線を飛び出すほどの汗だと言う。よい占いが出たのか。占うことにより、折り合いを付ける方法を見つけたのか。作者はおそらく突き進んでいくのだろう。とすると、占いとは非常に怖いものだと思う。「迷ったら動かない」これは、私の座右の銘である。頭の弱い老人は、それでなくても老人なのだから、余計なことは言わず、目立たず、首を竦めて静かに生きたいと願う。


我ら三人のみ生きてをる花野かな   江渡華子

花野を親子で散策する。愛する子と愛する夫と三人で、生きていることを、改めて、実感したということだ。すれっからしの老人は、そんな親子に出会うと、微笑みながら近寄り、子供の頭などを撫でたりするものだ。「幸福」を少しでもいいから分けてもらいたいと願うものなのだ。

南瓜食って南瓜の色にむつき汚す   江渡華子

子供に南瓜を食べさせたら、消化されず南瓜色の便が出ておむつを汚した。作者は、このことに新鮮な驚きを感じ、おそらく、傍にいる夫に見せ、自分たちの幸福を確認したのだろう。

どうせ泣くなら月まで届くやうに泣け   江渡華子

天真爛漫な母といったところか。泣く子供を、思い切り、月に翳してあやしているのだろう。泣く子供を太陽に翳してあやす風景は『絵』にならない。やはり、子供をあやすのには月が相応しいのだ。それにしても、幸福な人たちの近くで暮らしたいものだ。それを眺めているだけで、私自身も幸福になることができるのだ。悪しき人たちの中で七転八倒していると、何時の間にか私自身も悪に染まり、正しい生き方を見失ってしまうのだ。


「生きながら永眠する日」鴇田智哉句集『こゑふたつ』を読む、も読まず、朔太郎の「月に吠える」も読まず、「絵葉書の片すみに」を、読もうとする私を、自分自身でも「インチキ野郎」だと思っているし「ちんぴらYAKUZA」とは、よく言ったものだと思う。鴇田智哉句集『こゑふたつ』を買おうとする努力もしない。萩原朔太郎については、四十年ほど前に、とある詩人の作家論を一年間聴いただけだ。その詩人は自分の編集した旺文社文庫の「萩原朔太郎詩集」をテキストに使っていた。地面の底に病気の顔が現れたり、光る地面から竹が生えたり....、朔太郎の異常な表現に、病的な繰り返しに驚いたりもしたが、「郷愁の詩人与謝蕪村」を読み、少し、ほっとした記憶がある。これを読むことで「月に吠える」が理解できたような気もしたし、「郷土望景詩」についても読み方が深まったような気もした。

月の夜に帽子の下にかほがある   小津夜景

帽子の下に顔がなかったらどうなるのだろうか。帽子は頭に被るものと決めたのは誰なのか。もちろん、月の夜でなければ帽子の下に顔がなくてもいいのは当然のことなのだ。帽子とは顔を隠すもの。帽子とは肩に掛けるもの。帽子とは腕に抱えるもの。果たして、蛙を殺すと血がでるのだろうか。幼い頃、六年生に連れられて水を張ったばかりの田に罠を仕掛け、蛙を生け捕り焼いて食べさせられた記憶がある。蛙を裂いたのだと思うが蛙から流れた血の記憶はない。蛙は美味いとは思わなかった。誰かが残酷な行為をした後に、何食わぬ顔をして、私たちは美味しいものを食べる。いきものに感謝をするのか。残酷な行為をした人に感謝をするのか。月の夜、帽子の下には確かに顔があった。

春の夜のみなもいちめん髪となり   小津夜景

流れる川のイメージがする。それほど大きくないどこにでもある川で、水は豊かに滔々と流れている。春の夜、その川の水面が一面髪に覆われるのだ。朔太郎の場合は、砂浜の場景で、神経質そうで無気味な作品だが、この作品の場合は、水面を、ただひたすらに髪が流れていくような風景を想像する。「腰から下のない病人の列」とは、さすがに朔太郎だと思う。

私は、本居宣長の著作、あるいは、研究書の類を図書館で開いてみても読もうという気が全く起こらないのである。図書館だからかと思い、書店で新しい本を手に取っても、一向にその気にならない。心がわくわくしないのである。買ってしまえば読むだろうと一念発起しても、目も疲れるのでなどと余計なことを考えて止めてしまう。不思議な話だと思う。

小林秀雄は学生たちに、「宣長は生計が立たたなければ何事も始まらないと考える。彼の生業はドクターであり、『済世録』というノオトにこと細かく収入等を記した。彼は、学問上では『済世』という言葉は決して使わなかった。余った小銭を床の間の竹筒にためたて自費出版をしたのだ。」と。「現代ならば、よい作品を書けば、黙っていても本屋が本を出してくれるではないか。」などとも言っている。

それは、小林秀雄のような一流の人の話で、宣長のように竹筒に小銭をためて自費出版をする話は、時代も能力も異なるが、現代では、私のような三流以下の人間が句集を上梓する方法と全く同じなのだ。作品と小銭をためて、たまれば書店に電話を入れ、句集作りをお願いする。三流以下の句集であっても、お願いさえすればなんとかなるのだ。しばらく、元気で生きることができれば、数冊の句集が出来上がり、もしかしたら、少しぐらい、ものになっているのかも知れないなどと空想したりする。

いかならむうひ山ぶみのあさごろも浅きすそ野のしるべばかりも」三流にも手の届かない私にとって、この宣長の和歌は身に沁みる。とどの詰りは、何の答えを得ることも無く地上から消え去ってしまうにしても、無能な人間にとっては、続ける以外に何の手立てもない。そして、この「いかならむ」が、更に深いのである。どうであろうかと私たちに問うている。



第380号2014年8月3日
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