2014-10-12

【週俳9月の俳句を読む】俳句のイジリ方  岡野泰輔

【週俳9月の俳句を読む】
俳句のイジリ方

岡野泰輔



秋のこゑバンジージャンプする人よ   岡田由季

季語をイジッている、いいなあ、このイジリ方。漫才では客をイジッたり、イジラレキャラがいたり、つまりイジル――イジラレルの共犯関係(相対的弱者をイジル)があからさまでちょっと厭きたが、この秋の声は漢詩由来の立派な季語。手元の歳時記でも要するに秋のもの音なのだが、寂しかったり凄まじかったり、心の耳に聞こえたりと何でもいいようである。「限定のない声だけにいくらでも含意を深められそうである」と山本健吉もアバウト。

この句に含意などない、その清々しさ。紅葉の渓谷に響く文字通りの声。どうせ聞くなら嬌声がいいにきまっている。

霧抜けて来しトラックの静かなり   岡田由季

恣意的な読みを許していただきたい。霧、トラック、そして結句の静かなりで眼前にひろがる映像が決定的になってしまった。1955年フランス映画『ヘッドライト』である。パリ―ボルドー間の長距離便を運転するジャン・ギャバン、薄幸のフランソワーズ・アルヌール。ジョセフ・コズマの泣きのメロディー。わかった、俳句とは僅かな言葉でテレポーテーションを実現するプチット・マドレーヌなのだ。

他に〈鶏小屋に葛の重みのかかりをり〉こういうのが俳句らしい俳句なのか、多分そうだろう。私がここであまり語るべき言葉をもてないでいるのは、ここにゆるぎなく具象化された事物がそれ以上の語りを無効化するような冷徹さをそなえているからなのか。


秋茄子の皮を剝がせば渚色   森山いほこ
アイロンの行手ひりりと月昇る   森山いほこ

焼いて冷やして、するすると皮の下から現れるおいしそうなうす緑。それが渚まで連れてこられるのはスムーズで気持がよいジャンプだ。

一方、アイロンの尖った先端から一気に月までのジャンプも鮮やかである。より感覚的に鋭い。飛躍距離のせいか。「ひりり」がアイロンの金属質、先端の鋭角もふまえて玲瓏と昇る月の質感をとらえて、こうやって書かれてみるとどんぴしゃりな気がする。


帰る星なくし秋刀魚に塩を振る   中山宙虫

10句SF的な語彙と趣向の句群。その割にSF色(黄金時代のスペースオペラとか、所謂ワイドスクリーンバロックの絢爛)が薄いのは作者が俳句形式に押さえ込もうとしたからなのか。中でしみじみとした佳句がこの句。

CMのトミー・リー・ジョーンズを思い出してしまうが、この句にとってはかえって迷惑。帰るべき星が既に消滅しているというSF設定が秋刀魚の秋に味わい深い。

そういえば先ほど物凄く赤い夕焼で思わず見とれていました。森が黒々と侵食するスティーヴン・キングばりの〈また村が森にのまれる秋夕焼け〉を実感。


第388号2014年9月28日
中山宙虫 時間旅行記 10句 ≫読む
岡田由季 多国籍料理 10句 ≫読む
第387号 2014年9月21日
森山いほこ 昨日の銀座 10句 ≫読む


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