2014-10-26

【週俳9月の俳句を読む】夏の真夜中に、ひとり トオイダイスケ

【週俳9月の俳句を読む】
夏の真夜中に、ひとり

トオイダイスケ


幼い頃に、父親に連れられて近所の河原に夜釣りに行ったことがある。自分は当時釣ることに興味があまりなかったため車の中でラジオを聞いて待って いたり、たまに懐中電灯一つを持って暗い河原の草むらや樹々の中を歩いてみたりした。思ったよりも涼しく、少し湿気ていて肌が濡れるような心地が した。川にかかる遠くの橋を通る車の音が聞こえるほど静かだけれど、その静かさゆえに虫や蛙の鳴き声といった生き物の気配も、真っ暗な河原のそこ かしこから激しく聞こえてきた。星がたくさんきらめいていて明るかったが、ずっと空を眺めているとその明るさで目がちかちかと眩んできて、何だか 周りがよく見えない、言葉もよく聞こえないとても暗い空間の中に迷い込んだ気持ちになってきて、車に早足で戻った。

星に距離置いて何処へも行かぬ蜘蛛  森山いほこ

蜘蛛には「待つ」ということのイメージがある。蜘蛛の囲を張って獲物がかかるのを。幼虫たちが少し大きくなってから卵を出て散っていくのを。

蜘蛛は朝に現れると喜ばれるが夜に現れると厭われ殺されることがある。蜘蛛の縁起の良さや益虫としての効果を知る人にしても、褒め称えるとか大歓 迎するというよりは、「蜘蛛は殺さないほうがいいよ」というような、触れずに見送る、という感じだ。蜘蛛には「壁際や端の方を通り過ぎてゆく」と いうイメージもある。

「星」という、生き物の営みがにぎやかに粛々と繰り広げられている、きらめいている場所から離れて、静かにただひとり居る――何かを「待つ」ので もなく何処かにこっそり「行く」のでもなく――蜘蛛は、安らかで、かつほのかにさびしそうで、夏の真夜中の河原の草むらや樹々の中に佇んでいるよ うな、ひそやかで涼しげな雰囲気をみせている。


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