2014-12-14

【八田木枯の一句】縁談や八重に渦まく電熱器 太田うさぎ

【八田木枯の一句】
縁談や八重に渦まく電熱器

太田うさぎ


先日帰宅するとテーブルにIHクッキングヒーターが出ていた。今夜は鍋料理というわけだ。電磁調理器ののっぺらぼうな表面は既に見慣れたものだけれど、そういえばこんな句がある。

縁談や八重に渦まく電熱器  八田木枯

(『八田木枯少年期句集』『汗馬楽鈔』)

平成26年も暮れようとする今、「八重に渦巻く電熱器」を具体的に思い浮かべることのできる人がどれ位いるだろうか。かく言う我が家でも使っていたのはガスコンロだった。危ないからという理由で私が生まれる前に電気コンロから切り替えたらしい。まあしかし、電熱器自体を知らずともこの句の鑑賞の妨げにはなるまい。「八重に渦巻く」は電熱器の形態であると同時に、縁談を持ち込まれた者の内面を映している。むしろというか勿論、主題は後者だ。ニクロム線のように赤あかと熱を発しながら逡巡する心。決して華やいではいない。この屈託に共感出来ればおのずと電熱器のありようも想像できるというものだ。後年の八田木枯調からすればかなりストレートな表現方法が若々しい。

「婚活」という味気ない言葉が世間の隅々に沁みわたった昨今、「縁談」はどことなく懐古的な響きを持つ。背景に向田邦子のドラマ的な昭和を重ねてしまうのはそんなところもあるのだろう。もっとも、この句が発表された昭和二十年代には電熱器はかなりモダンな調理器具だったかもしれず、当時に身を置けばまた違った読み方が出来るのかもしれないけれど。同じように、婚活とクッキングヒーターの時代にはそれに相応しい俳句が登場するのだろう。

ところで、私は「電熱器」をすっかり冬の季語と信じていたのですが、『少年期句集』、『八田木枯全句集』ともに無季として扱っています。今回のちょっとした発見でした。


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