2015-02-15

【八田木枯の一句】天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ 角谷昌子

【八田木枯の一句】
天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ

角谷昌子


天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ  八田木枯

第4句集『天袋』(1998年)より。

句集名はこの句から採られた。「後記」に、「天袋とは何か。天そのものの意でもあり、少年のころより耽読した谷崎潤一郎の陰翳礼賛の美学でもある。天袋と言えば地袋、それを繋ぐ違い棚。仄ぐらい陰と翳のただよう中へわたくしの思いは入り込んでゆく」と記す。

谷崎は『陰翳礼賛』に「暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った」と書き、陰翳に深みを添える障子や床の間、そして、能楽、人形浄瑠璃などを賛美した。さらには、島原の角屋で遊んだとき見た屋内の闇こそ、「魑魅の跳梁するのは蓋しこういう闇であろう」と言い、「私は、われわれがすでに失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい」と結んでいる。

京都の島原は寛永18年(1641)開設以来の花街である。遊宴のみならず、和歌や俳諧などの文芸が盛んで、島原俳句会が催されるほどの盛況をみた。江戸時代、客を饗する揚屋「角屋」は現在の料亭にあたる。大座敷に面して広々とした庭があり、各部屋は趣向を凝らした造りだ。二階の座敷には青貝の間、扇の間などがある。

昨年、12月23日、角屋で開催された蕪村忌に参加した。谷崎が執筆した『陰翳礼賛』の世界がそのままそこにあった。行灯の明るさに違い棚や襖の絵が照らし出され、簾越しに次の間が透けて見えた。螺鈿の光が闇に妖しく浮かび、興趣豊かな部屋中にちりばめられている扇などの文様が密かに華やぐ。

谷崎は角屋に「魑魅の跳梁する闇」を見出した。その精神を継ぐのが、木枯なのである。木枯は、俳句によって、「陰翳礼賛」の世界を構築しようとした。

掲句〈天袋よりおぼろ夜をとり出しぬ〉では、天井に近い天袋に手が届くよう、踏台を持ち出す。伸び上って引戸を開けると中には闇が充満している。すっと手を入れて取り出したのは「おぼろ夜」だ。天袋から溢れた「おぼろ」の闇は部屋から家中に広がり、それとともに魑魅魍魎が異界から滑り出てくる。

木枯の作品に〈澄みまさる水のゆくへを夜と思ふ〉〈かたちなきものまで暮れて秋の暮〉〈草もみぢ夜に入るとき昼消えし〉などがある。見えざるものを捉える時空はさらに開け、闇への視線はさらに深まる。前句集と同様、世阿弥、近松、谷崎らの精神、美意識が根幹をなす作風を貫いてゆくのである。


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