2015-02-22

〔ハイクふぃくしょん〕僕の星 中嶋憲武

〔ハイクふぃくしょん〕
僕の星

中嶋憲武

『炎環』2014年7月号より転載

好き歩いてみた。久々の暖かい日。いつもの公園を通りかかると、象の滑り台の鼻先に若いカップルが座って、ギターを弾いている。柵の低い茂みの向う、黄色い象の鼻先にアルペジオののんびりとしたメロディが奏でられている。どこにでもいそうな平凡なありふれた二十代のカップル。平和な公園、土曜の美しい夕方。僕にはそのカップルが、異化された合成写真のように見えた。

ブランコに座って、見るともなしにちらちら気にしていると、女の方が僕に怪訝な眼差しを向けた。すこし周章。知らぬ風を装って、よそを見た。髪の長い男の方が立って近づいて来て、君、と声を掛けた。男を見ると整った顔立ちをしている。男でも惚れ惚れしてしまう。その惚れ惚れが、君はもう亡くなってますよと言った。僕が死んでるって?太陽の眩しさも、木々の香りも実感しているのに?ああ、そうだった。思い出した。借金に借金を重ねた僕は、万事休すと会社の金を横領して随徳寺。とどのつまりが場末の安ホテル。トイレのドアノブにネクタイを掛けて、首を括ったんだった。奇妙な果実と成り果てたんでしたっけ。ははは。

だから一緒に歌いましょうや。と、言われた。

「宙ぶらりん宙ぶらりん、僕らも世界も宙ぶらりん」彼らの自作と云うフォークソングを一緒に歌った。そもそもなんであなた達は、僕が死んでるって分かったんです?そりゃ君、愚問と云うものです。僕らも死んでいるからです。生きてる人同士が、そんな事確かめますかって。

宙ぶらりん宙ぶらりん、たどり着くまで宙ぶらりん。彼らはギターをかき鳴らし、ハーモニカを吹く。ふと、ピックを弾く動きを止めて口を開いた。僕らは意識とでも云うような存在なので、実体はありません。瞬時にどこへでも行けます。僕らは三百億光年の銀河の、ある惑星からやって来ましたが、隣の部屋へ移動するような塩梅で移動出来るのです。君もあと五十日ほど経つと、君の星へ行けますよ。僕の星?そう、人にはそれぞれ決まった星があって、別の生を生きるのです。さらさらのロングヘアーを真ん中で分け、バンダナを巻いた女が、初めて口を開いた。なにしろ宇宙は広いし、どんどん恐ろしいスピードで膨張しているのですから、住む星には困らないのです。と男が言えば、例えばあなたがこれから貰う全宇宙カタログを見て、あの銀河のこの星がいいなと思ったとしますね、そうするともうあなたの意識はそこへ行ってますから、あなたもそこへ行かれるのです。と女が言う。言い忘れたけど僕はジョンで、彼女はヨーコ。無論、仮の名前だよ。地球のような星は無数に存在するから、その星々で一生を全うするさ。そしてまた戻って来るの。ジョンとヨーコに交互に言われると、何かの勧誘を受けている気分になって来た。僕は本当に死んでいるのか?まず君は、この星で死んだという終了証を受けねばなりません。さあ我々と共に行きましょう。手に手を取り合って。ジョンとヨーコの輪郭はノイズになった。ああ、僕も。

春寒し日暮れを待たぬ星ひとつ  高橋雪音

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