2015-06-14

【週俳5月の俳句を読む】はっぱふみふみ走り書き 山崎志夏生

【週俳5月の俳句を読む】
はっぱふみふみ走り書き

山崎志夏生


片陰で留守の「ル」の字を走り書き   森島裕雄

ビジネスの一場面を詠んだ句とお見受けした。
さっぱり句意がわからん難解な作品のなかでこの句はワカル、そしてリアル。
相手が留守で何かメッセージを残すために名刺の裏なんかに「お留守でしたので・・・・」と記す
そんな情景だろう。それがあわてて留守の字がカタカナになってしまう。
日差しをさけた少しの片陰。まったく深刻な部分はないのに切迫感がある微妙さがいい。

著莪の花名刺の角の疲れたる

営業マンとして「あるある」なのである。名刺入れのなかに長いこと入れっぱなしの名刺は得てしてこんな状況になる。渡す時ちょっとしょぼくて気が引ける。それとよくまあ著莪の花をつけたものだ。
アヤメの一派なのにちょっと小さくて地味なのと湿地に群生しているためにアヤメほどソンケーされない。帰化植物で人間の植えたところ以外には拡散しない。人馴れしてしまったところもあわれである。
角がちょっとくたびれてぽよぽよした名刺をおずおず出す感覚にもっとも合う植物だ。
門前払いされそうな門の内側に咲く著莪の花も見えてくる。セツナイ。


雪間草青年ヘーゲル派が眠る   五十嵐秀彦

ヘーゲルが亡くなってその思想の解釈で弟子が分裂する。力道山亡き後もそうであった。
その中の一派で急進的な「青年ヘーゲル派」が眠るという句。思想家の墓ともおもえるが、睡眠しているということにしても成立する。どっちみち200年近く前のことでそのまんま眠っているのである。思想の冷凍保存?
雪間草とセットになるとその冷凍状態がちょっと溶けてくるよう。青年という文字の青臭さも心地よし。

滑空のためのわが鰓涅槃西風

ヒトへの系統的進化の過程で喪った鰓をもって滑空するという夢想。エッヂが効いてるなあ。呼吸器官なのにそこから風が噴射され推進力になるかも。涅槃西風という季語はこのくらい変なことを言っても受け止めてくれる。天竺っぽさがある言葉だからか。

朧月内耳蝸牛のゆるむとき

内耳蝸牛(ナイジカギュー)なぞという医学センモン用語をつかって非日常に持って行かれる。それが実際に緩むかどうかは調べても詮無い。作品としては ゆるむ+とき の「とき」のちからによって、「ゆるむ」ことをデフォにしている。耳の奥の方でうずうずしたものがほどけるような感じは春の夜のもやもやである。「朧月」の働きは静かに内耳蝸牛をほどくパワー感。

声帯のゆつくり延びる苗木市

苗木市の売り声と考えるのが順当と思うが、その声の聞こえ方で声帯が伸びていくことを感得するとは十分に変な人である。その変度、変加減が俳句度と強い相関関係を持つ。苗木市に立っていて声帯が延びる過程を聴き分けている作者の時間の幅はゆるさとかすかな不穏さが混ざり合うような味がある。

あれ、器官を詠んでいる句が多いなあ。


らふそくの火ともしごろのタイの夜   武藤雅治

蝋燭だけでは季語にならない、そもそもタイ国を詠んで歳時記に当てはめることが間違いか。火ともしごろという曖昧な言葉はおそらく実景からでたものではないだろう。しかしこの言葉の並びから、雨季の雨上がりの夜の濃密な湿度と温度が溢れてくる。街騒を少し離れた静かさが立ち上がる不思議。


葉桜の蔭を男の顔が来る   村上鞆彦

葉蔭のなかを男の顔が来る。来るというベクトルがあるので、葉漏れ日と影のコントラストが顔の上を流れる。映像的だ。それだけで格好いい。男は優男でもマッチョでも困る。どんな男か考えているうちに女やオカマ、オナベと入れ替えてもイケるかもと思い始めた。

あんみつの匙なまぬるくくはへけり

これも「あるある」俳句。かなり共感。お土産用のプラスチックの匙ではなく茶店などで供されるアルマイトの匙がなまぬる感MAX。くはへけりという仕草で着地。うまいな。


帯の上に腹を垂らして町涼み   下坂速穂

一読シュールな句?メルトダウンした腹部が帯に垂れだした?とおもったが、着衣の状態で覆いかぶさる感じを垂れると表現したのかもとやや納得。作者の他の句が非常に真っ当なので後者が正しいのだろうが、前者の魅力が捨てがたくなっている。

白日傘古地図の海のあたりまで

古地図の海という言い方がうまいなあ。江戸期以降陸地になったところはもともと湿地だった東側に多い。江戸古地図とはどこにも書いていないが今の江東区、墨田区あたりを日差しにハレーションを起しながら白日傘が通る光景は粋というよりオツだ。襟足のしゅっとした年増をハゲシクモーソーする。


第420号 2015年5月10日
森島裕雄 色見本帖 10句 ≫読む
五十嵐秀彦 眠 る 10句 ≫読む

第421号 2015年5月17日
武藤雅治 アジアへ 10句 ≫読む

第423号 2015年5月31日
村上鞆彦 ぐるり 10句 ≫読む
下坂速穂 水 脈 10句 ≫読む


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