2015-06-07

新宿の魔窟 小笠原玉虫

【句集を読む】
新宿の魔窟

小笠原玉虫



歌舞伎町の片隅の、ごみごみとした横丁をダンジョンのように進んだ先に「砂の城」はあります。
狭くて急な階段をのぼり、句会会場の三階の部屋に入ると……。

わたしは目を見張りました。

そこは異質な空間でした。紫煙濛々たる薄暗い和室。壁の至るところにモノクロの美しいポートレートと、無数の細長い紙が貼ってあります。よく見るとこれらは全て短冊なのでした。そうです、句会で俳句をしたためる、あの短冊です。一枚につき一句。それが、数え切れないくらいに!
ここは俳句で埋め尽くされている。俳句が溢れ返っている。そんな印象を受けました。

そして決して広くはないこの部屋で、十数名の男女が笑いさざめいています。
金髪のベビーフェイスくん、毛皮・豹柄・パイソン柄など、ド派手なお洋服に身を包んだコワモテのお兄さんたち。若くて可憐な女の子、美熟女。
見た目で判断してはいけないと思いつつも、え、今から句会だよね? ほんとにみんな俳句とか詠むの? と、驚きを隠せなくなってしまいます。
ふと目を移すと、いかついお兄さんが、慣れた手つきで紙を引き裂いています。あ、これか、壁にたくさん貼ってある短冊。お兄さんは今日の句会進行役を務めて下さるそうです。彼は無言で裂き続けます。たくさんたくさん、短冊が出来上がってゆきます……。部屋の中央には、いつの間にか誰かが空き箱を設置してくれていました。

「よーし、そろそろ始めるかぁ!」
「砂の城」城主、北大路翼さんがにやりと笑います。
「ゲストだから、おがちゃん、お題出して」
突然しんとなり、皆の注目を集めてうろたえるわたし。しかしここで退いては女が廃る。
「有難うございます、それではまいりましょう、『蝋人形』、お題『蝋人形』でお願い致します!」

心地よい緊張が場を支配していきます。そして参加者全員に、どっさりと短冊が行き渡ると、進行係さんが始まりの合図をします。
「よし、こっから~時~分まで。スタート!」
さぁ屍派句会の始まりです!

紙の上にペンが走る音だけがさらさらと響きます。
わたしがその場の思い付きで出したヘンなお題だというのに、みんな速い、ビックリする程速い! 次から次へと句をしたため、我先にと空き箱に投げ込んでいきます。ま、マジかよ。焦りに焦るわたし。どう頑張っても五句以上詠める気がしません。ほかのみんなは一人十句は投げ込んでいるように見えます。ちょっと何これ。わたし即吟苦手だったんだ!
自分で気付いてなかったけど。あーん悔しい! 決めた絶対これから即吟の訓練しよ……そんなことを思いながら、ともかく数だけでも出そうとむきになって投句し続けました。

「よしっ時間。投句やめ、ストップ!」
みんなの手が止まると、進行係さんが箱を抱え、短冊を整理し始めました。このあと、無記名の句を一句一句読み上げ、みんなで感想を言い合うスタイルのようです。
「これ季語動くね。これじゃなくても良くない???」
「ああ~確かに。……そうですね、すみません」
「あとなんでここ『を』にしたの?」
えええええ! 「歌舞伎町」って聞いて、自然に思い浮かべてしまうまんまタイプの、こわぁいお兄さんたちが、めっちゃ鋭い句評をしている!!
ぽっと出のわたしなんかより、ずっとずっと勉強していらっしゃる!そして全員が、遠慮なく活発に意見を述べ合っています。あまりしゃべらないな、という人が一人もいない。矢継ぎ早の言葉の応酬はとてもスリリングで、思わず手に汗を握ります。と、言っても喧嘩腰ということではありません。全てのメンバーの頭の回転が速い感じ。ものすごくクレバーな印象を受けました。
どうしよう、これ、怖い句会だ。アウェイのわたしは思わず脂汗を浮かべます。いやもうわたし勉強不足だわ。ああ怖い、でも面白い! 何だこの魅力的な句会は……。

次の句で突然爆笑が起こりました。
「新発売蝋人形の~~(下五失念。すみません)」
「ぎゃはははは(笑)」
「上五『新発売』は天才やな! 俺も今度使おっと。 これ誰!」
「ハイッ俺です!!」
詠み人は金髪ベビーフェイスのホストくんでした。聞けばホストくんはこの日が、句会どころか俳句初チャレンジとのこと。
そうなのです。知的でスリリングな句会でありながら、誰でも参加OK。この日俳句初めての人でも存分に一緒に楽しめる。そんな句会なのです。
「次。蝋人形曲がりくねつて来たりけり」
「ぎゃーーーははははははは(笑)」
「パクリじゃん(笑)(笑)(笑)」
「来たりけりのインパクトぱねぇ!」
「よく見ればどういう状況なのかさっぱり分からん。でも何となく皆の眼に像が結ばれるね。面白い! で、誰よこれ」
「ハイッわたしです!!」
わたしは勢いよく挙手します。
「おがちゃんかよ!! 何やってんだよ! でもめちゃ面白い(笑)」
「あー笑った笑った」
自分でお題を出しておきながら何も思い付かなかったわたしでしたが、とりあえず大爆笑させることは出来たようです。ちょっとだけほっとしました。

わたしが知っている屍派句会は、こんな感じです。

今回、屍派句会レポートを書いてみてと言われて、細かく思い出していたのですが、わたしは屍派句会が大好きなんだなと改めてしみじみしてしまいました。
ああ、また砂の城に遊びにいきたくてたまらなくなってきましたよ。
次もゲスト特典で出させていただく機会があったら、どんなヘンなお題できりきり舞いさせてやろうかしら。
そんなことを思いながら、一人でそっと笑う夜なのでありました。

ちなみに、わたしが北大路翼さんからいただいた言葉で、大事にしているものは下記の三つです。
「遠慮せずに踏み込め、思い切って」
「悪ぶったりおどけたりして逃げるな」
「おがちゃん季語が身についてないね(笑) 無季の方が面白いの多いから、無理に季語使わないって方向も考えてみ?」




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