2015-07-26

【八田木枯の一句】ゆく夏や恥毛吹かれるいとこたち 太田うさぎ

【八田木枯の一句】
ゆく夏や恥毛吹かれるいとこたち

太田うさぎ


自分のことは本人よりも他人の方がよっぽど分かっているとよく言われる。

どうやら私は”毛”の句に極めて敏感に反応するらしい。複数の友人に指摘されるまで自分の性癖をそれこそ毛ほども意識したことはないのであった。

ゆく夏や恥毛吹かれるいとこたち
  八田木枯(『天袋』)

さすればこの句に強く惹きつけられるのも単に私が毛フェチだからなのだろうか。

小さいころから慣れ親しんできたいとこ同士なら素っ裸で水遊びをするのは毎年の夏の楽しみだったかもしれない。遊び疲れて川べりの草や大きな平べったい岩の上にごろんと仰向けに寝転ぶ顔にはまだあどけない笑みが残っているだろう。しかし、顔から胸へ、更にその先へ目をやれば既に体は大人への兆しをみせていることがわかる。兄弟ほどは近しくはないけれど、血を分け合っている分友達よりも身近ないとこ(漢字表記をあえて避けているところがミソ)という絶妙な距離感の所為か、体毛を描きながら性的な気分はない。伸びやかな肢体を渡る風にさわさわと応える恥毛は鳥の和毛のようだ。

夏の終わりが少年/少女期という季節の出口にも重なる。ひと足先に青年期を迎える彼らとは来年の夏はもう同じように遊べないかもしれない。「ゆく夏」にはそんな眩しさと感傷が籠められているようにも思う。


 

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