2015-08-02

名句に学び無し、 なんだこりゃこそ学びの宝庫(10) 今井聖

名句に学び無し、
なんだこりゃこそ学びの宝庫 (10)
今井 聖

 「街」104号より転載

冬の管楽器の輪の中に首入れて吹く  
田川飛旅子(たがわ・ひりょし) 『外套』(1964)


なんだこりゃ。
 
フユノカンガッキノワノナカニクビイレテフク

破調、字余り、散文的。

決定的な弱点は「冬の」。
「この冬には季節の必然性が無い。。とってつけた季語だ」
季語遵守派はここぞとばかり得意気に指摘するだろう。

冬季に必然性が無いと言われればその通りかもしれない。管楽器を吹くのもその姿勢も四季共通のことである。

管楽器が首にヒヤリとするのは冬季だなどと後付の「必然性」をいう人もいようがそんなのは贔屓の引き倒し。ことの本質を見てない、というより見ないようにしているだけだ。季語の効用をどうしても当てはめなければ安心できない。これはほとんどパブロフの犬だ。

季語必然の物言いはそのまま「一句の中で季語が動かない」を以て秀句の条件とする言いようと重なる。

名句とされている句の中の季語がその句にとって必然とされるのは後付けの理屈の場合も多い。殊に社会的権威のあるナントカ評論家や大学教授の激賞によってその季語の「絶妙さ」が強調される。ほんとにそうなのか、そういう句はまっさらな目で他の季語を入れ替えてみるといい。

この句の場合の「冬の」はほんとにどうみてもひどい嵌めこみに思える。
「冬の」を取ってみると、

管楽器の輪の中に首入れて吹く

ほぼ定型に収まる。しかしこれでは季語が無い。作者は俳句に季語は必須という考え方に敬意を払って一応「冬の」を入れときましたよということなのか。

そういうことだろうと僕も思う。そんなんでいいの。

ではこの句に学ぶところはないのか。
ある。

そもそも「写生」とはどういう点が「本意」なのか。

季語の本意云々よりも前に「写生」ということの「本意」が問題であろう。

写生とは写すことである。写生が近代俳句の方法の原点になったのは「四季」を写すからではない。

「もの」(事象)を写すという映像的カットが、写す側の「生」を直接表すからに他ならない。

写すことイコール写す側の「生」そのものの表出。

正岡子規の「写生」とはそういうことではなかったのか。

『仰臥漫録』の中の写生画を見ても、子規は糸瓜や蝶や秋海棠や朝顔など「季語」も筆写したが、同時に缶詰のラベルや顕微鏡でみた澱粉の形、鑿や錐、朝鮮の少女服なども描き写している。

見たものを見たように写すこと、そのことが生きている自分の確認であったのだ。

ところが現今の結社(雑誌)のマニフェストをみると即物とか具象とか「写生」の本義を肯定するようなことが主唱されていてもその内実は花鳥風月。

四季の事物に限定されている。それなら即物とか具象だとか言わずに花鳥諷詠と言った方がまだ潔い。

即物とは「物」に即すこと。具象とは目に見えるように象を描写すること、
どこから四季折々の情緒的事物であらねばならない限定が出てくるのだろうか。

高名な脚本家が母を亡くしたときの思いを語った。

道を歩いていると頭上の街灯の蛍光灯がパチパチ鳴った。
あの蛍光灯は母かもしれないと思った。

亡くなった「母」が螢になったり星になったり桜になったりして現れるのは類型的追憶である。

母は街灯になったり引き出しの中のフォークになったりスプーンになったりする。それが個別の追憶だ。それこそが「挨拶」の本質。

即物具象とはそういう「物」を発見し凝視すること。母を引き出す装置としてスプーンや切れた蛍光灯を探し出すことだ。

何度も言おう。写生とは写すことである。

視覚的に見えたものを写すという過程で風景の中にそのときの季節のものが入ればよし。入らなくてもいいではないか。季語絶対派に譲歩したとしても季語は二義的なものであると言っておこう。

なぜ俳句に於いて季語が必然と言われるようになったか考えると、虚子の時代に、

① 俳句の大衆化を意図したときに、「写す」というような方法設定では明解な規約足りえなかった。誰にでもわかり、すぐ利用できる俳句ゲームの必須条件(アイテム)が必要だった。

② 時代的に並んで、「モダン」を主張した河東碧梧桐派、その後の自由律派も含めた新興俳句派に対する差別項目が必要だった。詩言語への認識を掲げて「詩」を主張する彼らに対して、「客観写生」(見たものを見たように写す)だけでは対抗理念足り得ないとして「花鳥諷詠」に旗印を改変し同時に「季語」を絶対的バイブル化した。

③ 家元のヒエラルキー維持の小道具。歳時記の項目に対する薀蓄を指導者の絶対条件とすることで主宰作品そのもの価値と別のところで家元の権威を維持できる。これは大家元「ホトトギス」に限らず多くの小家元もこの「恩恵」を享受している。

以上①、②、③が季語のバイブル化の原因と言えないだろうか。

加えて一般的言い方としては、連句、連歌の精神に遡れば云々、日本はそもそも二十四節気に沿った季節感で云々のそもそも論。

もっともらしいが、芭蕉も子規も季語を取り決めてそれを絶対化するなんてことは言わなかったんだからそもそも論も変だ。二十四節気云々も「日本の自然」を振りかざし季語絶対を肯定した上での後付の「解説」に思える。

僕は俳句固有の方法として子規が「写生」を見出したのはまことに画期的な仕業であったと思う。

写すことに於ける「生」の確認。これには子規自身ののっぴきならない病状が影響していた。

季節の事物や風景が持っている情緒(過去から蓄積されてきたロマン)ではなくて、見えている「もの」そのもの。自分の固有の「眼」が意識される「写生」だから、見えている角度や距離が方法の要諦となる。

管楽器の輪に中に首を入れて吹く、誰もが見ていることだがカットとして切り取れない(作品化できない)ことを俳句で切り取る。俳句という形式にしかできない「方法」がここにある。

田川さんの発見は写生の王道を行くものだ。新しい角度がここにはある。

しかしながら心優しい?田川さんは大方の規約にもそれなりの配慮をする。定型を大幅にはみ出すし困ったなあと思いながらも「冬の」を斡旋せざるを得ないのである。

僕らは田川作品の「冬の」を通して現代の俳句に頑迷に付着してきた「必須条件」の矛盾を実感する。

こういう作品が提起するのは季語否定ではなくて「写す」ことの中での季語の「必然性」の問題である。

なんだこりゃこそ学びの宝庫。



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1 コメント:

匿名 さんのコメント...

「冬の」を嵌め込んだ、とは、思えないのですが。試みに、おっしゃるように

春の管楽器の輪の中に首入れて吹く
夏の管楽器の輪の中に首入れて吹く
秋の管楽器の輪の中に首入れて吹く
冬の管楽器の輪の中に首入れて吹く

と季語を入れ替えてみると、句のテイストが違う、それぞれ別な場面を詠った句に読めませんか。
季語が動くといえば動くが、その場合は別な一句が成立することもある。
季語が動かない、は秀句の条件であるが
季語が動くからダメ句、とは必ずしもいえない。
「管楽器が首にヒヤリとするのは冬季だなどと後付の「必然性」をいう人もいようがそんなのは贔屓の引き倒し。ことの本質を見てない、というより見ないようにしているだけだ。季語の効用をどうしても当てはめなければ安心できない。これはほとんどパブロフの犬だ。」とのことですが、
この句についてはどうでしょう。「冬の」の後付の必然性・季語の効用というよりは
春夏秋冬からの季語のチョイス、
飛旅子のこの句は、春夏秋冬のどれでも句になるが、作者の提出したのは冬だった、
ということではないでしょうか。
(作者が本当にそう考えたのかはわかりませんけれど)

また季語遵守派は、この句の「冬の」について、全員が「とってつけた季語だ」と
ここぞとばかり必然性を否定するのでしょうか。
後付で必然性をいう人は、遵守派なんでしょうか、そうでないのでしょうか。
遵守派でないとすると、遵守派でないのに必然性を後付で言っていることになるので、なんだか奇妙です。
遵守派だとすると、遵守派のなかで必然性を否定する人と肯定する人と分かれることになる。
いずれにしても、そもそも遵守派とは何か、ということになりませんか。



「管楽器の輪の中に首入れて吹く」は作者の発見で、写生の王道を行くもの、ということは
その通りと思いますが、作者はそれだけでは足りないと思ったのでは?
この句では(この句でも)、「冬の」という季語の斡旋は、大方の規約へのそれなりの配慮、という
政治的?理由によるのではなく、
写生が成立することと、一句が成立することとは、別だと作者が思っていたからなのではないでしょうか。
(これも本当のところは、わかりませんけれど)