2015-08-30

【週俳7月の俳句を読む】言葉の気分  堀下翔

【週俳7月の俳句を読む】
言葉の気分

堀下 翔



なきごゑの四方へ抜けたる夏落葉  安里琉太「なきごゑ」

平明な言葉をシンプルに組み合わせて広々とした空間を描出する十句。この作者はとにかく言葉の組み合わせ方が正確で隙が無い。見せようとするのはこの句しかり〈夏痩の瞳は雲をうつしけり〉しかり、イメージとイメージ、あるものとあるものとの間に余裕のある光景であり、言葉自体もごつごつとしていない、きわめてあっさりとしたものなのであるが、それを組み合わせるときに気を抜かない。文体に耐久性があるのである。

この句は「四方へ抜けたる」、ことに「抜け」がいい。声というとまず「響く」だとか「聞こゆ」だとかになるだろうが、「抜く」だといかにも遠くにまでその声が到達している感じがする。ただ到達しているのではなく、薄れず、まぎれない響きを持っている感じも「抜く」にはある。それに、声の性質だけではなくて、この林がおそらくしいんとしているのだろうな、というところも「抜く」は示している。「四方」というのは「なきごゑ」の行き渡るさきを言っているのだが、まあ、落葉をおとす夏の木々もまた「四方」に広がっているのだろう。見渡す限りが木だが、その木は決して密集しているのではなく、木と木とのあいだに広さがある。ここが、そういうあかるい森であるからこそ、「抜く」というのである。

だいたい、森の中で泣くとは何事だろうか。赤ん坊か、迷子か。「四方」と言っているので、この句の主体が泣いているのではない。かといって、自分がどこかの地点にいるとしても「四方」かは分からない。ずいぶん三人称的な表現なのである。よく読むとこの句、ちょっと大げさでヘンなのだ。

「抜けゆく」ではなくて「抜けたる」なので、四方に広がる木々のはしばしにまで、この「なきごゑ」はすでに行き渡っている。ここにも、この句のちょっとした大げささがある。

髭剃りへ風来る窓だ  馬場古戸暢「一日」

髭を剃るのはだいたい朝で、かつ、まあタイミングや頻度は人によるけれど、日課みたいなものである。これはただの余談なんですが、筆者は髭が濃いのでまいにちアサイチで剃っています。で、何の話かというと、髭を剃るときに窓が開いている、というのが面白いなと思ったわけです。

朝起きてすることはけっこうたくさんある。着替えて、歯を磨いて、髭を剃って、ポットに湯を沸かして、ストレッチをして……。ひとそれぞれにいろいろあるだろうが、そういう朝のルーチンの中にこの主体の場合はまず「窓を開ける」というのが入っている。そういうわけで、これは夏の句である。朝から窓を開けないと暑くて仕方がない夏。あさっぱらから太陽ががんがん照っていて、そんな光を浴び、そしてときおり来る涼しい風を顔に受けながら髭を剃る。健康的だ。読むだけで元気になる。

短律で、「だ」というのがぶっきらぼうで、ともすればそっけない印象を受ける句ではあるが、よく読めばそれがそっけなさというよりもさっぱりとした感じの表出であることがわかる。

雨の学祭花をつけない木ばかり太い  青本柚紀「円」

この「学祭」が高校のものか大学のものかは判別しかねるが、どちらにせよ若い人物の感傷を描いた句である。

「花をつける」というのは、多分に比喩的なニュアンスを持っている。花をつける、とか、花を咲かせる、とか、われわれは物事が成功することをそういうふうに言う。だから、「花をつけない木」と言われると、もしかしたらこの学祭は失敗に終わったのではないか、という気がする。じっさいこの学祭は「雨」なのだ。せっかくの楽しみなのに、台無しだ。全日程を外でやるタイプだったら、雨天中止なんてことになっているかもしれない。

だから、実を言うとこの句の表現は理屈っぽい。それでもこの句がぎりぎりのところで説明しきれないラインにとどまっているのは、「ばかり太い」の部分があるからだ。「花をつける」が理屈で説明できる隠喩であったのとは対照的に、「ばかり太い」というのをどう読むかは、読者にゆだねられている。「花をつけない木なのに」だとかで接続されているのではない。「太い」がいかなる意味合いを持っているのかは、明らかにされていないのである。おそらくここでは、この太い木は、のっぺりと、無表情に主体の前に立ちはだかるものである。この木をどうすることもできないという諦念のようなものがわずかに感じられる。もちろん木をどうにかすることに現実的な意味はない。あくまで、一句のニュアンスを決定づける、比喩としての話である。

「ばかり」というのにも、諦観が出ている。不条理にも太い、という感じがある。その陰惨たる気分が、この句の主題だ。雨で台無しになってしまった学祭。たくさん時間をかけたのに、あんなに楽しみにしていたのに。この稚拙な感情がいとおしい。


第429号2015年7月12日
仮屋賢一 誰彼が 10句 ≫読む
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第430号2015年7月19日
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第431号2015年7月26日
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生駒大祐 夏の訃 10句 ≫読む

1 コメント:

匿名 さんのコメント...

堀下さん
「抜けたる」と「抜けし」では「抜けたる」のほうがやはりよろしいのでしょうか。