2015-08-30

【句集を読む】草笛を手放して 竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』を読む 小津夜景

【句集を読む】
草笛を手放して
竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』を読む

小津夜景



はじめに

竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』を読んで考えたことは沢山あって、いったい何をどのように書くべきか、実際にこうして書き出した現在も実は決まっていない。とりあえず言えるのは、この本が大変面白いということだ。SFアニメ的表象を多分に吸収したと思われるこの本は、俳句というメディウムにおけるそれらの表象の展開を文句なしに成功させたという点で、殊に大きな意義をもつだろう。

たとえば巻頭の連作「老兵」には次のような句群が並ぶ。

  凝然と野焼をのぞむ少女に創(きず)
  原子炉の化石を秘めてげんげ畑
  万緑にヒルコの裔として立てり
  死際の虎発光す夏至の森
  抱かれゐて仔猫は少女灯しけり
  権現の遣はす螢八万騎
  螢狩落武者狩が姫の遊戯(ゆげ)
  風死してより人類の大博打

傷ついた(或いは戦う)少女=姫。崩壊した科学文明。神話世界から終末世界までを貫く超時空的スケール。異形の趣きをもつ生命体と生態系。少女=姫をめぐるシャーマニックな現象。自身の運命から逃れることの許されない血統主義的な香り。来るべき最終決戦。このように「老兵」は、もはや古典の範疇ともいえるSF戦闘アニメの要素をひっそりと底に秘めたサブカル俳句でもあり、しかも非常に読みやすい。

句の想いが直入で、その運びが迅速であること。それが掲句に関わらず、竹岡一郎の作品の読みやすさの理由である。平生、この俳人は低位異界(地獄、黄泉、奈落、苦界等)を好む体質らしく、その作品は遠目に重苦しい妖気を漂わせているのだが、実際に読めばそれが先入観であることはすぐ分かり、景の見晴らしは良いし、展開も素早いし、清々しいほど回りくどさがない。そうした中でも、今回の本に収められた連作「比良坂變」は「話の早い」作者の資質が遺憾なく発揮されている。というわけで、私はこの書評を「比良坂變」を読むことから始めようと思う。



「比良坂變」は神の捨て子である少年ヒルコが、この世でもあの世でもないその境目=比良坂で魑魅魍魎との戦いを繰り広げるといった〈原設定〉を、俳句ならではの言語感覚とSF戦闘アニメの身体感覚との融合によって巧みにアレンジした作品だ。

  斃れざり雪女より生れし兵
錆色の腕を雪で強く拭ふ
鋼鉄の蛹を割つて超てふてふ
おほいなる精子地底湖へ着床
蟹共喰パイプオルガン誤爆され
巨き脳わたつみへ煮え墜つる夏
潰(く)へし半身虹もて補完せり吶喊
虹と虹斬り合ふ戦ぎ合ふ臨界


この手の句というのは、俳句業界では奇抜の範疇に入るのだろうか(私には見当がつかない)。ただ、この文章の冒頭で示したように、SF戦闘アニメの作画を念頭に置きさえすればどの句も容易にイメージを掴まえることが可能で、またそれと同時にアニメでは決して描き得ない強度も見えてくる。

一、二句目の、季語「雪女」からサイボーグをへと移行するナチュラル&クールな発想。「鋼鉄の蛹」より登場した「超てふてふ」すなわちスーパー・バタフライの堂々たる鳴り物ぶり。「おほいなる精子」という比喩の神話風ユーモア(この精子、入れ子説さながら生物を搭載した、カプセル型の乗り物みたい)。戦闘機の隠喩を担うに格好の季語「蟹」と、神の至高性を暗示する「パイプオルガン」とが交錯する戦闘シーンの派手やかさ。また高性能メカらしき頭部が、戦闘にやぶれて燃えながら海に墜落するさまを詠んだ「巨き脳わたつみへ煮え墜つる夏」には、安井浩司「鳥墜ちて青野に伏せり重き脳」が意識されつつも、それとは全く異なる夏の不条理な質感がじんわりと滲み出ている。さらには欠損した身体に虹を嵌め込んで雄叫びを上げる光景が、口上と見得とを連結したかのごとき「潰へし半身虹もて補完せり吶喊」という句に結実したのも見事だし(最初見たとき「トッカーン…って、なんてメカものにぴったりの字面&音声なの!」と驚嘆してしまった)、掲句さいごの「虹と虹斬り合ふ戦ぎ合ふ臨界」の実直な物言いに至っては、この世とあの世との狭間で行われる夢幻能的な戦の、うーん、婆娑羅な男伊達が匂い立つようである。

またメタモルフォジックな魑魅魍魎の様子にも、いわゆる文芸くずれのシャーマニズムとは違う、アニメないしラノベっぽいノリがある。とりわけ「鬼火」のコケティッシュなキャラはひどく魅力的。

  折々の兵器と契る鬼火かな
帝国の回路へ感染する鬼火
鬼火曰く正義はあたしだけにある
あたしのくしやみで文明畢るけど
がりがりと虹に触れては減るあたし


こんな感じ。なんというか「がりがりと虹に触れては減るあたし」なんて言われたら、笑えるし、狂ってるし、切ないではないか。こうした細部にまで神経が行き届いているというのは、やはり作者の頭の中に多角的な作図があるからなのだろう。また比良坂の情景は戦闘シーンの他に、日常の目線にもとづくものも多く、そうした視点の幅がそのまま作品の幅となっている。

  比良坂の蛹のどかにして爆け
比良坂に水たばしるや百千鳥
比良坂に植う新しき桃の笛
雛市を抜け比良坂に出でにけり
啓蟄の黄泉軍(よもついくさ)のいろいろよ
比良坂や涙のやうに蛆零る
人くさきとは比良坂の草いきれ
匂ひけり桃の比良坂緋の参道


長閑さと不穏さとが入り交じる妖しい風景。また「桃」は黄泉軍の伝説と関わるだけでなく、腐界領域である比良坂が〈世界から忘れ去られた絶景の渓谷〉(比良坂の「ひら」は崖を意味する)である以上〈憧憬を掻き立てる桃源郷〉たり得てしまう逆説の喩でもあろう。坂口安吾の表現を借りれば、少年ヒルコにとって、この腐界とは正しく〈むごたらしい、救いのない、断崖のごときふるさと〉なのだ。〈そこで私はこう思わずにはいられぬのです。つまり、モラルがない、とか、突き放す、ということ、それは文学として成立たないように思われるけれども、我々の生きる道にはどうしてもそのようでなければならぬ崖があって、そこでは、モラルがない、ということ自体が、モラルなのだ、と。〔*1〕



このように「比良坂變」は、SF戦闘アニメの作図を思わせる景の切り口、揃え方、繋ぎ方を巧みに活用することで作品を構造化しているのだが、まだ他にも興味深いことがある。それはこの作品の世界観が当のアニメにしばしば見受けられる弱点をもまた共有しているらしい事実だ。

その弱点とは何か。ひとつはこの作品に頻出する「少年」ならびに「少女」といった語彙の問題である。これについては当サイト内の書評で既に指摘されているが〔*2〕、今回この問題を私が取り上げるのは、この漠然とした語彙が対象の把握を弱めがちだとか、安易なロマンを呼び込みかねないとかいった理由からではなく、ここでの「少女」が「少年」の自己承認のための回路としてのみ機能しているのが気になったからだ。

  少年が冱てし少女を抱き起こす
少年の氷柱に少女赫へり
少年が鱶討てば泣く少女かな
少年が少女の臍に霰置く
少年の髪を少女が梳く焼野
少年が少女に東風をけしかける
少年が亀鳴かせれば少女笑む
少女怒れば少年の朧なる
少年の黴びて少女に拭はるる
少年は少女に触れず滴れる
少女には少年の雷よく見える
少年が少女に請はれ灼きつくす
少年が少女飛び越え喜雨降らす
少年に滝と聳ゆる少女あり
少年が少女へ銀河起こしけり
少年ヒルコ少女ヒルメに花野明く


これだけの分量がある以上、これらの句は怒濤の戦闘シーンやら、魅力的な鬼神やら、美しくもおぞましい比良坂の日常やらと同等に、いやおそらくはそれ以上に重要な役割を作品内で担っていると見て間違いない。推察するに、少年少女のぴったりと寄り添い生きる姿は、血なまぐさい殺戮との対照として、かくも作品に盛り込まれたのだと思う。

とはいえ純粋な読者として言うなら、少なくとも私には、これらの句群を好意的に解釈することができなかった。だってこの少女ときたら貧弱な反応しかプログラムされていない人形みたいで、宜しくない文脈でのポルノグラフィックな香りがするし、少年は自分の力を顕示するためだけに少女を必要としているし、またその欲望の現れ方は神経症的で唖然とするほどワン・パターンだ。

こうした少女の扱われ方は、この作品にとって著しく不都合ではないか。もちろん戦闘アニメの想像力における少女が、少年のマチスモを再強化する道具であり、少年を慰撫する母性であり、また少年を内包する揺籃=マトリックスであるというのは一般にありふれた定石〔*3〕だ。とはいえ「比良坂變」の少年と少女はその実存のありかた(生まれるや否や世界から疎外されたヒルコとヒルメ)をそっくり共有する同志に他ならない。作家がある種の危うさを作品内にわざと組み込むというのは方法としてあり得ることだが、この少女についてはもっと自主独立の感性を有していた方が自然だったと思う。

また次に指摘したいのが、この作品における戦いと自意識との関係である。少女の存在をくりかえし自己承認の回路とする少年ヒルコは、一人称において次のように自己を語る。

  狐火にのしかかる骨灰の俺
聖(ひじり)よ俺は死霊の坩堝かつ子宮


少女に対する態度と同じく、こちらも少年用の娯楽物によく見られる把握。すなわち〈欠損(=聖痕)を負う、呪われた(=選ばれた)自分〉といった類の素朴な全能感だ。

  厠にてがなるドナドナ窓など無い
螢浴び地獄の覇者になりたくねえ
人の皮脱いだ僕へと流星群   

窓のない厠にドナドナされるというのは「腐臭のする、脱出不可能なモナド(=比良坂)に幽閉された自己」をおそらく意味するのだろう。望まざるにも関わらず戦わざるを得ない運命を背負う俺。さらに死ぬこともできず、しかも戦い抜くうちにキラキラとした聖性まで帯び始めてしまう俺。こうした見立てがこの作品の基底に存在することは、上のような句からも推察できる。

私は今「比良坂變」の「少年」と「俺」とを同一人物であるとみなして話をしているが、仮にこれが別人であっても状況は変わらない。なぜなら私がここで問題視しているのは、この作品に登場する男性のセルフ・イメージが一貫して〈異形の私→欠如を根拠としたナルシシズム→エゴの聖化〉といった思春期的段階にあるということだからだ。そして実はこのセルフ・イメージは『ふるさとのはつこひ』の他の箇所でも確認できる。

  炎帝を射る弓矢なら俺が死蔵
涅槃絵の端の吼えをる鬼が俺
鬼つひに聖たらむと青き踏む 
半身は奈落に置いて来た狼
寒瀧に打たれ戦争とは俺だ


この〈異形の私→欠如を根拠としたナルシシズム→エゴの聖化〉といった主体モデルと関係を持ちつづける限り、『ふるさとのはつこひ』で追求されるはずの倫理すなわち〈己の存亡を賭けた戦いへの仁義なき没入〉は、アポロン的な〈力による秩序〉の美化の範疇を出ず、どう脚色しようともディオニュソス的な〈狂気による無秩序〉に転化しないことは確認しておく必要があるだろう——戦時中の特攻が決してアモラルではなく、尖鋭化したモラルの発露でしかなかったのと同じように〔*4〕。つまり「比良坂變」における戦いとは、宇野常寛の整理で言うところの〈悪しき決断主義〉による〈バトルロワイヤル〉や、大西巨人の用語で言うところの〈俗情との結託〉による〈運命論的な戦争承認〉などの議論と結びつく性質をもつのだ。

さいごに

以上、批判的検討を含みつつ「比良坂變」について確認してみた。ところで、最後にもうひとつ忘れずに指摘したいことがある。それは『ふるさとのはつこひ』には今見たのとはまるで異質な構造をもつ作品が存在している、ということ。

それはこの書評の冒頭で紹介した「老兵」である。この作品がもはや古典の範疇ともいえるSF戦闘アニメの要素を底に秘めていることはすでに説明した。底に、と但し書きをつけたのは、作品のうわべはそれとは別の風景を描いているようにみえるからだ。つまりこの作品は〈或る風景〉に立脚しつつその背後に〈別の風景〉を組織するといった、一種のファンタジー構造として読むことができる(その重なりの絶妙さは説明しがたく、実際に読んでもらうしかない)。

「老兵」は「涅槃絵の端の吼えをる鬼が俺」といったセルフイメージの句ではじまる。しかしその後「俺」はすぐさま姿を消してしまう。そして作中内容がクライマックス(「風死してより人類の大博打」)に達したのち、次のような姿となった「俺」が、再びラストに登場する。

  老兵が草笛捨てて歩き出す

かつての自意識はきれいさっぱり拭い去られ、飄々とした、なんでもない旅人となった「俺」がここには存在している。まるで、果てしない時間旅行からひょっこり帰って来たかのように。

この「老兵」はもはや自己の欠如や疎外にこだわることも、生命の閃光とその破綻に耽ることも、おのれを聖化することもない。ただ涯てのない虚無の荒野(それは暗黒ではない。単に非人間的なだけであり、またそれゆえ人間にとって限りなく自由である)を歩き出す。私はこの句を読んで、最終決戦の後のなにもない(またそれゆえ美しい)野に、いたって健康的な野ねずみの姿をふと目撃したかのような、妙なすがすがしさを感じた。そしてもちろん野ねずみの生きる世界とは、自我の理想的構成など問題にされない、己など全くどうでもよい世界のことだ。

そうして、最後に、むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一の救いなのであります。モラルがないということ自体がモラルであると同じように、救いがないということ自体が救いであります。
私は文学のふるさと、或いは人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる――私は、そうも思います。
アモラルな、この突き放した物語だけが文学だというのではありません。否、私はむしろ、このような物語を、それほど高く評価しません。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではないから。……
だが、このふるさとの意識・自覚のないところに文学があろうとは思われない。文学のモラルも、その社会性も、このふるさとの上に生育したものでなければ、私は決して信用しない。そして、文学の批評も。私はそのように信じています。
〔*5〕

救いがないということ自体が救いであり、そこに文学のふるさと、或いは人間のふるさとがある。ただし大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではない。それは〈そこから全てを始める〉ための風景なのだ。——「老兵」のラストは、安吾のこうした思考から読み解くことが可能だと思う。

この作品の唐突な終わり方には「俺」の実存に意味を与えるたぐいの〈救い〉がない。けれどもこの〈救い〉がないということ、意味から完全に突き放されるということ、こうした事態こそが実は「俺」にとっての、また「作品」という形式にとっての唯一普遍的な〈救い〉である。言い換えれば、この作品のオチは〈魂の救済の物語〉からの断絶ないし転回を体現すると共に、安吾の言う〈文学のアモラル性〉のまさしく原型ともなっている。

「歩き出す」ために「草笛」を捨てた老兵。思うにそれは懐かしく、おぞましく、そして大切な〈少年のふるさと〉の幻を手放すといった、麗しい象徴的行為だったのだろう。



【註】
〔*1〕〔*5〕坂口安吾「文学のふるさと」(青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/44919_23669.html
〔*2〕西原天気「常ならず過剰(あまりのこと)へとブーストされる地上の事物(竹岡一郎『ふるさとのはつこひ』への一句)」http://weekly-haiku.blogspot.fr/2015/04/blog-post_14.html
〔*3〕宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(早川書房)参照。
〔*4〕ここで私の用いる「アポロン」「ディオニュソス」「モラル」「アモラル」「特攻」といった語は、福田若之による以下の書評とそれに対するコメント欄の発言とを踏まえている。
福田若之「『俳句とは詩の特攻である』という警句に対するひとつの解釈」http://hw02.blogspot.fr/2015/04/blog-post.html


5 コメント:

竹岡一郎 さんのコメント...


小津夜景様 

 大変丁寧に読んで頂き、誠に有難うございます。人様になかなか読み解いて頂けないので、このような長い読みは実に有難く思います。
 私の所属している結社「鷹」では、2015年9月号にて、奥坂まやさんが「征きて還らず」と題して書評を書いてくれました。やはり少年少女についても書いてくれていますが、お二人の解釈があまりにも正反対なので驚きました。少し長いですけど、ここにまやさんの評の一部を引用しますと、

「全三〇五句のこの句集中、「少年」「少女」が詠まれた作品は二七句もあり、特に「比良坂變」には二〇句を数える。だが、この少年・少女には、人間的な要素はまったく無い。  原爆の日から此岸を越えて少年が探し続ける少女は、国産みの果に火の神出産の際の火傷によって身罷ったイザナミの俤を持つ、神話的残酷さの化身だ。
  鬼火曰く正義はあたしだけにある
  あたしのくしやみで文明畢るけど
  少女怒れば少年の朧なる
  少年が少女に請はれ灼きつくす
  少年が少女へ銀河起こしけり
 他の作品においても、少女は虹を吸い、兵器と契り、息は鎌鼬となり、ある時は滝と化す。少年は風や雷や雨や氷を自在に操ることが出来るが、少女の聖なる残酷さには、まったく敵わない。幻想の大地を舞台に行われる二人の壮大な戯れは、しかし何ものをも産み出さない。
  神を喚ぶ花火に焦げて交るべし
  抱けわが痩身虹の炎え噴くを
  万緑にヒルコの裔として立てり
 聖なる交接は身を焼き滅ぼして終わるほかなく、それは、親神イザナギ・イザナミから、最初に生まれたにもかかわらず、見捨てられ川に流されたヒルコの当然の運命だった。
  聖よ俺は死霊の坩堝かつ子宮
 言ってみれば、この句集すべてが死霊の坩堝なのだ。死霊の子宮からは死しか生まれまい。季語の宇宙の極北にある作品たち。」

 まやさんも実に丁寧に読んで下さっていて、誠に有難く思いますが、私が気になったのは、少年少女の句群の評で、小津さんは少年を上位に置いていると解釈していますが、まやさんは少女を上位に置いていると解釈していることでした。
 私としては、少年と少女は同等の存在として書いたつもりなのですが、なぜかくも解釈が正反対になるのか。それを各人各様の異性観の違いと言ってしまえば簡単ですが、私はむしろ、お二人ともがヒルコを「捨てられた神」と解釈しているところに何か鍵があるような気がしてならないのです。
 言葉は言霊を持ち、そして言霊というものは何よりも人間の心に働きかけて、その者の願望達成能力を引き出します。人間の運命は意識下の深いところにある願望達成能力によるところが大きいから、言霊とは運命を司る場合すらあります。それが神の名であれば、なおのこと、強大な力を持つでありましょう。
 即ち、まやさんといい、小津さんといい、言葉に対して人並み優れた感性を持つ作家が反応したのは、実は「少年少女」という言葉ではなく、拙句集中に一回だけ出ている、少年少女の名、ヒルコとヒルメではないか。
 どうもこのあたりで、ネタをばらさざるを得ないようですので、少しだけ語ります。
 ヒルコ神は幼少時より気になっていて(私は昼呼という当て字を勝手に思っておりました)、蛭のような形状と伝えられるのはどうしても何か嘘があるようにしか思えなかったのですが、ある時、ヒルコという言葉を広辞苑で引くと、漢字は「蛭子」ですが、解説を読んでゆくと、「日る子の意で、男性の太陽神が存在したのものともいう。中世以降、これを恵比須として尊崇。」とありました。
 磯良恵比須が本来、海より昇る太陽の神であると聞いたことがありますので、ヒルコもまた対の太陽神であると思いました。色々調べる内に「ヒルコ 棄てられた謎の神」(戸矢学著、河出書房新社)という本に行き着きました。これは名著でありまして、ヒルコ研究の最良の書であると思います。(長らく絶版でしたが、去年、増補新版が出ましたので、アマゾンで定価で買えます。)
 詳しいことは戸矢氏の本を読んで頂くとして、一つだけ要点を述べますと、ヒルコ=スサノヲ、ヒルメ=アマテラスであり、両神は双子の太陽神であるということです。即ち、出雲にスサノヲが封じられているのと同じく、ヒルコもまたその正当性を剥奪される必要が(古代当時の政治的に)あったということです。(さらに述べますと、彦、姫という古代の男性、女性の名は、ヒ(ル)コ、ヒ(ル)メに由来します。即ち、古代日本における男性原理と女性原理がヒルコとヒルメに象徴されていたということです。)
 ヒルメ(アマテラスの本名)は日本国の主神として正統性を認められている神です。ヒルコ(スサノヲの本名)は「蛭子」という卑字まで当てられて隠された神です。そして、日本人であり、日本語を普段使う以上、言霊の影響力からは逃れられないでありましょう。もう一つは、或る人間が日本人である以上、その者の魂、或いは霊性は、必然的に日本の根源の神であるヒルコとヒルメの影響を受け、その名に反応するでしょう。
(戸矢氏はその著書の中で、イザナギ・イザナミやアメノカミナカムシ、カミムスヒ、つまり、アマテラス、スサノヲ以前の神は全て「観念としての神」であると述べていますが、私もそう思います。)
 そして、もう一つ、ヒルコ=スサノヲであると、日本人である者が意識下において感知しているならば、スサノヲは戦争の神であり、黄泉の神であり、海の神であり、太陽(即ち恒久的に核融合を繰り返す恒星)のもう一つの側面であることをも、予め(意識下においては)知っているはずである。それに対する反応というのもあるのではないかと思いました。
 そして、その反応は、反応者の感性が優れていればいるほど、複雑な鬱屈した表象となって現われるはずでありましょう。例えば、スサノヲによって立つ者がスサノヲ側を上位に立てるとは限らない。それは個人が自己をどのように認識しているかという観点の影響を多大に受けるでありましょう。(続く)

 

竹岡一郎 さんのコメント...

小津夜景様 続きです

ここで唐突に、特攻について述べますと、私は、特攻というものがアポロン的なものであるともデュオニソス的なものであるとも思いません。システムの内にあるとも外にあるとも思いません。恐らく、特攻を理解しようとするには、死者の側に立とうと試みねばならないのではないかと思います。
 特攻というものを歴史的に、あるいは社会的に解釈するのは、多分、まずイデオロギーありき、次にそのイデオロギーに沿って判断するという態度であり、それでは永遠に死者の真情に近づけないのではないかと、私は感じております。
 一つの手段として、特攻隊員の遺書を繰り返し読むという方法がありましょう。私が繰り返し読むのは、例えば「アジア太平洋戦争 私の遺書」(NHK出版)です。(あの膨大な遺書は、国家が無理やり書かせたものだという人もおりますが、それこそ死者に対する冒涜であって、勿論、一応の検閲は有りましたでしょうが、無理やり書かせた遺書にあれほどの迫りくるものがあるとはとても思えないのです。)
 そこで私がいつも思い出すのは、古川正崇という方の遺書です。次に引用します。

「人間の迷ひは実に沢山ありますが、死に対する程、それが深刻で悟り切れないものはないと思ひます。これだけはいくら他人の話を聞いても、本を読んでも結局自分一人の胸に起る感情だからです。私も軍隊に入る時は、それは決死の覚悟で航空隊を志願したのですが、日と共にその悲壮な謂はば自分で自分の興奮に溺れてゐるやうな、そんな感情がなくなつて来てやはり生きてゐるのは何にも増して換へ難いものと思ふやうになつて来たのです。その半面、死ぬ時が来たなら、それや誰だつて死ねるさ、と云ふ気持を心の奥に常に持つやうになります。然し本当に死ねると云つてゐても、いざそれに直面すると心の動揺はどうしてもまぬがれる事はできません。私の今の立場を偽りなく申せば、此の事なのです。私達は台湾進出の命を受けてジヤカルタを出ました。いよいよ死なねばならぬ、さう思ふと戦にのぞむ湧き上がる心より、何か、死に度くない気持の方が強かつたりするのです。わざわざジヤワから沖縄まで死ぬ為の旅を続けねばならぬ、その事が苦痛にも思へるのです。
 求道
戦死する日も迫つて、私の短い半生を振り返ると、やはり何か寂しさを禁じ得ない。死と云ふ事は日本人にとつてはさう大した問題ではない。その場に直面すると誰もがそこには不平もなしに飛び込んでゆけるものだ。然し私は、私の生の短かさをやはり寂しむ。生きると云ふ事は、何の気なしに生きてゐる事が多いが、やはり尊い。何時かは死ぬに決まつてゐる人間が、常に生に執着を持つと云ふ事は所謂自然の妙理である。神の大きい御恵みが其処にあらはされてゐる。子供の無邪気さ、それは知らない無邪気さである。哲人の無邪気さ、それは悟り切つた無邪気さである。そして道を求める者は悩んでゐる。死ぬ為に指揮所から出て行く搭乗員、それは実際神の無邪気さである。
 和歌
 雲湧きて流るゝはての青空のその青の上わが死に所
 下着よりすべて換ゆれば新らしき我が命も生れ出づるか
 あと三時間のわが命なり只一人歌を作りて心を静む
 ふるさとの母の便りに強き事云ひてはをれど老ひし母はも」

(古川正崇。奈良県出身。神風特別攻撃隊振天隊隊長。海軍中尉(少佐)。昭和二十年五月二十九日、沖縄本島周辺の海上に於て戦死。二十四歳。)

 長くなりましたが、遺書を途中で割愛する事忍びなかったので、全文記しました。
 ここに記されているのは、アポロン的なものでもデュオニソス的なものでもありません。システムの内側にあるものでも外にあるものでもない。きわめて個人的なものでありながら、同時に国土の根源あるいは民族の根源へと繋がってゆくような、畏るべき静けさです。
 戦争が人類という種の本能(仏教でいうところのモーハ、存在することに対する暗黒的な本能、例えば相手を殺してでも生き残ろうとするような爬虫類的な執着)であるならば、此の遺書に顕われるのは、(皮肉にも特攻という立場ゆえに)戦争という本能を何とかして超えんとする意志でありましょう。
 つまり、特攻が良いとか悪いとか、或いは国家の尊厳だとか国家の罪だとかいうのは、生きている人間の正義であり理屈であります。死者の側の心情ではない。では、生きている者が死者の心情に寄り添うために何が出来るかというと、せめて己が仕事において、いつでも特攻できるような思いへと向かってゆくしかない。そうでなければ、特攻していった方々に向き合えないような気さえしてくるのです。
 言ってることが滅茶苦茶ですね。これは私の極めて個人的な心情なので、他の人々にとっては当然無効な考えであります。
 では、軍人ではなく、民間人の空襲犠牲者はどうなのか。死に対する覚悟がなかった分、その怨念は凄まじいものでありましょう。
 私の住んでいる大阪でも、大空襲で一万六千人が亡くなりました。その犠牲者の名は大阪城公園の「ピース大阪」という施設に有ります。中庭に三方をガラスに囲まれた銅板が三枚立っていて、空襲犠牲者の内、九千五百人の名が刻まれています。
 私は大恩ある人に、判っている犠牲者全員の正確な氏名一覧作成を頼まれたことがあります。「ピース大阪」に銅板の写しはあるのですが、館外持ち出し禁止でコピーも出来ない。ただ名簿の写真を取る事は出来ます。しかしながら、どうしても写真だとうまく映らない。鮮明なのは名簿の真ん中あたりだけで、周囲はぼやけてしまいます。それで暇な私に白羽の矢が立った。
 まず一応の名簿は作成して、それから誤謬を正してゆく。ところが、銅板を写した紙にも不鮮明な部分があり、結局、最後は直接、銅板に当たるほかはない。仕事の合間を縫って「ピース大阪」に通って、三年掛かりました。(本当はもっと早く出来た筈ですが、私がサボっていた。)
 それで調べて行くと、わけのわからない字がある。りっしんべんに血という字とか、あるいは古い平仮名なのか、銅板に当たってもアラビア文字にしか見えない字とかがある。そういう文字はそのまま写すしかないのですが、それらはまだちゃんと名前となっている。姓だけとか、名だけとかの人もいる。中には、○○ちゃんの兄弟姉妹、という記述もある。愛称しかわからない人の、そのまた兄弟姉妹です。
 名を正確に残せない死者の心は、実に苦しいものです。それでも、愛称だけでも残っていれば良いけれど、全く判らない人々もいる。当然、どんな形でも、銅板には刻めません。だから、銅板には九千五百人しか刻まれていない。残りの六千五百人はどこにも名が残っていない。
 頼まれた人から「共感はしても良いけれど、共鳴はするな」と強く言われていたのですが、ある夏の暑い日に銅板の前に立っていて、ここに名前がない六千五百人のことを考えた。考えただけではなく、共鳴してしまった。その時、突然、恐ろしく喉が渇いて、体が燃えるような気がした。共鳴するな、とはこういう事かと判ったので、心を引き離すようにしましたが、中々離れない。このままいくと身が焼けるであろうと怖れましたが、何とか事なきを得た。その時に感じたのは、戦争が善だとか悪だとか、聖戦だとか侵略だとか、そんなことではない。表現できないような、恐ろしい苦痛と悔しさと怨みです。
 何が言いたいかと申しますと、つまり、戦争を考えるとは、生者の理知的な解釈ではなく、生者が僅かでも追体験する死者の心情だということです。殺す者の気持ち、殺される者の気持ち、自爆する者の気持ちに何とかして迫ることによって、戦争を少しでも理解する方向へ行けるかもしれないということです。
 無論、これはきわめて個人的なやり方であって、下手すると自爆するような危険がありましょうから、人様にはとても勧められません。
 何か行き当たりばったりに書いてゆきましたら、随分長くなりました。乱文乱筆お許し下さい。
 親身に評して頂いて、誠に有難うございました。今一度、深く御礼申し上げます。

                                竹岡一郎拝

週刊俳句 さんのコメント...

戸矢 学『増補新版 ヒルコ: 棄てられた謎の神』
http://goo.gl/2euviU

『アジア太平洋戦争 私の遺書』
http://goo.gl/zmU0TJ

小津夜景 さんのコメント...

竹岡一郎さま

ていねいなコメント、大変ありがたく存じます。

コメントを拝見し、さあご返信を書こう……と思ったのですが、考えなければならないことが多く、すぐに書き上がりそうにありません。週末にまとめて、日曜日にこの欄に投稿したいと思います。


と、ここで終わるとつまらないので、少しおしゃべり。

この稿を書くにあたっては、当初いろんなアイデアがありました。
当然「連作として論じるのをやめて『ふるさとのはつこひ』全体をひとつのものとして見る」という選択肢もあったのですが、その読み方だと他の句集と竹岡さんの御本との質的な違いが読者に伝わらないだろうと考え、ピンポイントで「老兵」と「比良坂變」をとりあげてみたというのが今回のレヴューの結果的経緯です。そのせいで書けなかった(とても小さな)感想もあるのですが、それは折りをみて【竹岡一郎の一句】として、短いレヴューにすると思います。


では、またのちほど。

小津夜景 さんのコメント...

竹岡一郎さま

改めまして、コメントをありがとうございます。

1.
奥坂まやさんの文章、興味深く拝見しました。
前後の流れがわからないので見たままのことしか申し上げられませんが、奥坂さんは複数の連作をひとつに編み直した上で、そこに登場する〈女性性〉を分析していらっしゃるようですね。一方私は「比良坂變」における少年少女の両語が使用された句に、すなわち当作品における両性の〈関係〉に興味をもちました。ちなみに他の作品では、少年少女の関係に対し思う所はありません。あと「老兵」の少女は素敵です。なんだかナウシカみたいで。

『ふるさとのはつこひ』における女性のパーソナリティーやその存立する次元は非常に多岐にわたりますから、句集全体を〈女性性〉という視座から読むといった試みについては、私の手に余ると思われます。例えば「比良坂變」だけを見ましても、神話的特徴をもった女性(ヒルコ、少女)や、SF的特徴をもった女性(兵器と契るあたし)の他に「朝焼のピンヒール『パパ刺して来た』」といった現代の光景を生きる女がいきなり登場したりしますし。

話は少し逸れますが「異なる時空のできごとが同時に生起する」といった本書の特徴は、私にとっての大きな読み所でした。竹岡さんの作品を読むと私はかならず鈴木清順の映画を思い出すのですが、一体どうしてなのだろうと考えてみますと、どうやら或る光景に別の光景を〈連結〉する技術についてあれこれ考えさせられる点が共通しているようです。竹岡さんの作品では神話だったり、SFだったり、現代劇だったりと、時空違いの要素が次々モンタージュされますが、そうした要素間の時空の隔たりがゼロにみえるその瞬間、作品が不思議な生気に満たされる。私は映画が好きなこともあり、本当はこの〈連結〉を足場にして書いてみたかったのですけれど、ちょうどよい映画資料が手に入らず諦めた次第です。

2.
ヒルコとヒルメについて。もしも私がこれらの語に対し強い反応を示していたとすれば、それは舞台が「比良坂」である点にやはり関係しているのでしょう。もちろん私自身は「ヒルコしろ、比良坂しろ、それらはあくまで原設定=仮舞台なのだから、それに引きずられて作者が独自に展開する内容を見逃してはならない」と心がけたつもりでした。が、上手く行ったかどうかは怪しい部分もありますね(諸要素の混在がこの本の魅力などと自分で書いておきながら)。ご本の紹介ありがとうございました。


3.
特攻について。返信にお時間をいただいたのは、これについて考えたかったためでした。以下の文章は、竹岡さんの作品の意図とも、またその実現の是非とも無関係な話です。

まず特攻という語を比喩的に使うことについて、私は全く不謹慎に思いません。むしろこの語はとことん酷使され、ジェノサイドなみに一般化・平易化された方が良いという気持ちすらあります。もちろん私も世間での(例えば)血税だの神風だのという語の使われ方に、あまり良い気分がしないことも多々あるのは確かですけれど、たとえそうであるにせよ、この手の語はガラスケースに入れて恭しく取り扱うより、誤用も許容しつつ積極的に使い込んだ方が、結果的には社会において健全に機能するような気がします。

それから、私は特攻をどこまでも不条理なものと感じています。またそれと同時に、この不条理なる感覚に私がとどまる限り、私は現実の前に立ちすくんでいるように見えて実は或る〈内でも外でもない特殊の境涯=真空地帯〉とも言うべき観念のシェルターの中にいるのだ、という認識も併せて持っています。自己の感覚は抑圧すべきではない、だが感覚にはそれなりの落とし穴がある、ならば感覚を抑圧する代わりにそれを認識によって相対化できないだろうか——というのが私の想いです。加えて「感覚と認識との一方のみに立つのを避ける」とは、自然と文化との境界が原理的に明示し得ないものであり、また自分自身を眺めていてもそれらの片方のみから生じたわけではない行為をたびたび繰り返している、といった経験を踏まえたスタンスでもあります。こういう訳で「立ち位置をずらしてみる」というのが死者とつきあうための、かつ私自身が正気を保つための基本原則となったようです。

4.
竹岡さんが大阪戦争犠牲者の一覧を作成されたお話、心を打たれつつ拝読しました。機会あるごとに死者の名を拾い上げるのは本当に大切な作業だと思います。このお話を読んで私の祖母が申していたことを思い出しました。

私の祖母は全兄弟を沖縄戦で亡くしているのですが、遺骨がないために「本当かしら?」といった気持ちでずっと暮らしていたそうです。それが90年代半ばに初めて沖縄へ参り、戦没慰霊碑の中に兄弟の名前を確認して、そこでやっと死んだことに納得がいったとのことでした。つまり死を受け入れるのに50年かかったのです。これは私の郷里(北海道)だけの話かもしれないので少し補足すると、私の育った場所には戦後一度も肉親と会っていない無縁故引揚者が沢山いらっしゃって、祖母の宅では引揚孤児を家に住まわせたり、学校に通わせたりしておりました。そうした方々が肉親を探せるようになったのは、色々な意味で余裕が生まれ海を越えられるようになった70年代以降のことです。90年代になって偶然見つかった方もいました。そんな環境だったせいで、祖母自身も兄弟の死をなんとなく曖昧なままにしておけたようです。

もしも慰霊碑に兄弟の名前が刻まれていなかったとしたら、祖母の喪の作業は果たして終えられたでしょうか。たぶん終わらなかった、と私は想像します。と申しますのも沖縄から戻った祖母は私に向かって「名前が刻んであってよかった。本当にあるかなあと思ってたから。あってよかったわ。ないんじゃないかと思ってたの。だってもし本当に死んでいたとしても、あれだけの人数だし、うっかり彫り忘れたって全然おかしくないんだから」と変なことを申したからです。私はその言葉を聞いて「誰かが死者の名を忘れずに刻んでくれたお陰で、祖母は自分の心にその文字を書き写すことができたのだ」と気づき激しい衝撃を受けました。名前とは文化(認識)でありかつ自然(感覚)でもあるといった深淵な両義性を担っています。そしてまた、遺骨も遺品もない遠い死を理解するために祖母が行った魂の作業は、書かれた名前を胸に刻み直すという、自然的とも文化的とも線引きし難い、その両者の絡み合った、おそらく人間にとっての根源的ふるまいでした。祖母は兄弟の名前を忘れずに刻んでくれた方に感謝しておりました。竹岡さんの名簿作成のお話が印象的だったのは、こうした個人的経緯もあってのことです。

今、上の文章を最近のような気持ちで書いたのですが、90年代はもう20年前のことなんですね。時が過ぎるというのは不思議な感覚ですね。

小津夜景 拝