2015-09-27

名句に学び無し、 なんだこりゃこそ学びの宝庫(14) 今井聖

名句に学び無し、
なんだこりゃこそ学びの宝庫 (14)
今井 聖

 「街」108号より転載

切株があり愚直の斧があり 
佐藤鬼房(さとう・おにふさ) 『名もなき日夜』(1951)


なんだこりゃ。
 
キリガブガアリグチョクノオノガアリ

このところこの欄に作者の代表句が登場することが多いが、この句も鬼房の代表句の一つに挙げられている。

と、書き出してみて、まず鬼房と呼び捨てにすることに僕は抵抗がある。虚子、誓子、草田男、波郷、楸邨と呼ぶことにまったく抵抗がないのにどうしてオニフサと言い難いかなあ。それは馬齢を重ねた僕の五十年に及ぶ俳句遍歴の中で、仰ぎ見る存在というより欠点も凄い点も両方見せてくれる同時代の先輩という意識があるからだろう。

同時代の俳人だと思うと、敬愛する人も嫌いな人も呼び捨てでは呼び難い。

鬼房さんと同世代の人たちの中でも、例えば高柳重信さんや鈴木六林男さんなんかは苦手だ。負の評価しか浮かんでこない。鬼房さんには親愛なる叔父貴として突っかかりたくなるのだ。

切株があって斧がある。斧と切株は別々にあるのでなく斧は切株を切るための道具だから切株に刺っているのかも知れない。

斧には日本の斧と西洋斧があり、日本の斧は鉞(まさかり)とも言われる。金太郎が担いでいるアレだ。

斧が象徴するのは切断の意志。第一次産業従事者を代表選手にしてひっくるめられる愚直な被抑圧者としての市民そして「私」。そういうテーマは明白だ。

僕はこの斧は西洋斧のような気がする。なぜかこの斧、日本の樵が日本アルプスや裏山で伐採に具している斧には思えないのだ。そういう思い込みには理由がある。

それはこの時期に書かれた句、

墓碑銘を市民酒場にかつぎこむ
縄とびの寒暮いたみし馬車通る
夜は罠の静かさで潮湿る街

などが西洋的な風景を思わせるためだ。

「市民酒場」のイメージはどうみても浅草や新宿や御堂筋にはない。行ったことはないがワルシャワやスターリングラード(現在はヴォルゴグラード)の雰囲気。

縄とびの寒暮は日本の田舎の町というより石畳のヨーロッパの街だ。この句を戦後の日本の風景だと言い張る評者がいたら、では、日本には馬車というのがあったのかと問いたい。荷馬車はあっても馬車はないでしょ。皇室の結婚式ならいざ知らず。

「罠」という比喩も日本的とは言い難い。百姓一揆から労働争議まで正面から単純に封じられ壊滅させられたのだから日本近代には「罠」の必要なんかなかったのだ。

風景だけではない。気になるのは「愚直」。

愚直とは辞書によると「正直すぎて気のきかないこと」とある。私は愚直でありますと言ったら、これは謙遜?

違うでしょ、自己肯定でしょ
政治家や成り上がりの企業主なんかが言いそうだもの。
「私は一途邁進、愚直にやって参りました」

俳句にも「愚直」や「一徹」はよく登場する。
それは嘘だ。

日本庶民は愚直なんかじゃない。もし本当に愚直だったら日本に於いても市民による流血革命はとっくに成功している。長いものには巻かれろ。泣く子と地頭には勝てぬ。諦観と恭順と隠忍の庶民性だ。お上ごもっともの保身の狡猾さも混じる。

安藤しげるの作品「かたまり黙す農民の馬鹿田螺の馬鹿」。こっちの方がよほど的確に日本の庶民に言及している。愚かだが真直ぐではないのだ。

はっきり言おう。鬼房さんのこの時期の句には当時の近代詩のモダニズムに対する憧憬が露わだ。そこに鬼房さんのダンディズムが依拠した。

モダニズムとマルクス、それは純朴な田舎の青年が身に纏う定番的ダンディズム。たとえロマンやダンディズムから入っても革命に一身を投ずる小林多喜二のような例外的「確信犯」も出てくるのだが「俳人」は大抵そこまで行かない。モダニズムとリベラルを喰い散らかして歳を経ると花鳥諷詠に移るか、モダンオヤジとしてちょっと左派を気取りながら晩年は句碑でも建てるか。

鬼房さんは一九一九年生まれ。十代からロシア文学に傾倒し、一九三五年に新興俳句「句と評論」に投句。渡辺白泉に師事。戦後は西東三鬼に師事。その後「風」、「天狼」「頂点」「海程」等を経て一九八五年「小熊座」を創刊。

経歴を読むと、学校の授業で「女工哀史」「蟹工船」を読み感動し社会的な自覚に至り、二十歳頃に自由詩を書き、リベラル、言葉の革新の新興俳句に入門し、金沢に「清新な同人誌」の「風」が出来たと聞けば馳せ参じ……。

ああ、この人、どこまでお人よしなんだと僕なんか思うのだ。こういうのを通念的変遷とは呼ばないのか。

新興俳句はほんとうに個別「俳句」のモダンたり得たのか。澤木さんの「風」はその後どう変質したのか。そんなことを鬼房さんは微塵も予感し得なかったのか。それはなぜだ。愚直だからか?

では、この句から学ぶところはないのか。
ある。

自由詩的モダンへの憧憬から発した鬼房俳句は年を経て固有名詞の地名のまとわりつくみちのくのどろどろの自然と歴史と怨念に帰結していく。

斧がロシア民話的なそれでなく、市民運動のありかたの象徴でもなく、ほんとうのほんものの「斧」に変っていくのだ。手擦れのある、刃こぼれのある一本の斧に。

下北の首のあたりの炎暑かな
やませ来るいたちのやうにしなやかに

のように。

これこそが「俳句性」の要諦。

なんだこりゃこそ学びの宝庫。



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