2015-11-22

〔ハイクふぃくしょん〕家族 中嶋憲武

〔ハイクふぃくしょん〕
家族

中嶋憲武
『炎環』2014年6月号より転載

家出した。とっても寒い日曜の午後だ。

「トウコちゃん、塾の時間でしょ」

母の言葉に背いて、時間になってもぐずぐずしていると、母の言葉は次第にきつくなり、いらいらとしたわたしは、塾なんて行かないと言い張り、喧嘩になった。そのまま平行線で埒が開かず、わたしは母の言葉を背に、ぷいと家を出てしまった。

リズリサのコートに、ローリーズファームのブーツ。マフラーをしゅるっと巻いて、お金はそんなに持ってない。とりあえず電車に乗って、さて。十三歳。行先未定。

わたしは、東京の外れの大きな街に母と二人で暮している。父はデトロイトに単身赴任中で、年に二回ほど帰ってくるが、母子家庭のようなものだ。母は三十七で、ジェーン・マンスフィールドか筑波久子かという体型の持ち主で、出かける時は毛皮のコートを纏う。わたしの担任は数学の先生であるが、一方で俳句の偉い先生で、三者面談の時、母を見て一句詠んだ。母のことを「毛皮夫人」などと詠むものだから、以来、陰ではみんな母を毛皮夫人と呼んでいる。

たどり着いたところは遊園地だった。小さい頃よく連れて来てもらっていたような気がする。園内をぶらぶら歩き、見覚えのある円形の白い柵へ寄る。兎がたくさん放し飼いになっていて、家族連れが二三組あり、小さな子供たちが兎を追いかけたり、抱いていたりした。

兎はすばしこいのもいれば、もっさりしているのもいる。目を上げると、四つの頃のわたしがいた。必死に兎を追っている。父と母も微笑んで、それを見ている。父も母も若い。いつまで経っても、四つのわたしは兎を捕まえられない。兎を追って小さなわたしは、わたしのすぐ近くまで来ているのに、わたしには気がつかない。父も母も笑ってこちらを見ているが、わたしには気がつかない。まるっきり他人だ。何なのだろう、これは。どういう事?

小さなわたしはやっと兎を抱き上げた。毛がふさふさと長い、汚らしいのろのろとした兎だ。父はカメラを構えている。母は小さなわたしと手をつなぎ、何か優しく問いかけている。それを見ていると涙が出て来た。

涙を拭いている間に、小さなわたしと両親は消えていた。きょろきょろと辺りを見回しても、どこにもいない。

七時頃、家に帰ると母が夕飯の支度をしていた。母がどこへ行ってたのと聞くから、わたしはエリナんところと出法楽を言った。お昼過ぎに家を出て、七時には帰っているのだから世間的には家出ではないが、わたし一個人の心情的には立派な家出だ。

母は何も言わなかったし、わたしも遊園地でのことは黙っていた。

寝る前に「新世界より」の第二楽章を聴いた。遊園地の閉園の音楽であり、中学校の下校の音楽だった。聴きながら、ベッドの中で目を閉じ、海老のように体を丸める。そして遊園地の池に、浮きながら首を丸めて眠る鳥たちを思い浮かべる。あの鳥たちと同じくらい孤独。たぶんこれからも。

閉園を告げる放送浮寝鳥  齋藤朝比古

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