2015-12-13

【週俳10月・11月の俳句・川柳を読む】恋するわかめ、或いはわかめの不可能性について 川柳はときどき恋をしている 柳本々々

【週俳10月・11月の俳句・川柳を読む】
恋するわかめ、或いはわかめの不可能性について
川柳はときどき恋をしている

柳本々々

ラ・ロシュフーコーは、愛とは幽霊のようなものだ、と言っている。愛について誰もが語るが、実際にそれを見た者はいないからというのが、彼がこう断定した理由である。われわれは愛について多くの言葉を費やしてきたが、それを見たことがなく、それが何であるかを知らないのである。
(大澤真幸「「これは愛じゃない」」『恋愛の不可能性について』ちくま学芸文庫、p.12)
思い出そうともせず 忘れられてゆくことも/等しく 愛しく
(いくえみ綾『潔く柔く』13巻、集英社、2010年)

榊陽子さんの川柳連作「ふるえるわかめ」の詞書には、

  (なな子、社長ほか代用可)

って書いてあるんですよ。

で、ですね。「代用可」ってことは、この川柳連作はふえて/ふるえているのは「わかめ」だけでなくて、〈川柳〉もふえているということになります。

たとえば、

  泣いたってわかめわかめのショウタイム  榊陽子

に「もともと」という私の名前を代入して、

  泣いたってもともともともとのショウタイム

でもいいわけです。ほかにも、

  暴れるな夜着からもともと出てしまう

  秋雨やふえるもともととコンドーム

よくこの句/歌のこの名詞がまだ〈動く〉ので(他でも代入可能なので)この名詞には必然性がないといわれて推敲することもありますが、榊さんのはそれを逆行して、逆に増やせ/殖やせといっているわけです。〈動け〉と。ここには必然性も必然わかめもないんだ、恣意的なわかめしかないんだと。

で、ここにある〈わかめ〉とはいったいなんなのか、なにが〈わかめ〉を通して起こってしまっているのか、を考えたときに、それは〈言いたいことの放棄〉なのではないかと思ったんですね。〈わかめ〉とは〈言いたいことの放棄〉である。もっと言えば、〈私の抛擲〉である。もっともっと言えば、〈なな子召喚〉である。

待つ側は気楽である。待つ側に立つということは、彼(女)の行為に意味を与え──その行為に(派生的な)能動性・自律性をもたらす──他者を、先取りしてしまう、ということに等しいからである。待たれる者にとって根本的に偶有的(不確定)であった他者が、待つ者にとっては、あらかじめ確定的なものとして設定されている。(大澤真幸「待つことと待たれること」『恋愛の不可能性について』ちくま学芸文庫、p.160)
あれは恋をした人の手だと思っていて/あたしは たぶん恋する聡ちゃんに恋をしました(志村貴子『こいいじ』1巻、講談社、2015年)

で、ですね。わたしたちはふだん川柳に対して「気楽」に意味を待っています。できあがった川柳からわたしたちの意味の冒険は始まっています。ところが榊さんの川柳では、まだ靴の準備さえできていない。なにしろ、不確定なわかめですし、ふるえるわかめですから、わかめ以外の可能性もありうる。だとしたら、まだ意味の組立はできないのです。

榊さんの川柳連作の前に立つことは、ベケット『ゴドーを待ちながら』でいつしかゴゴやディディが安心としての〈待つ者〉から不安としての〈待たれる者〉になってしまったように、そして恋愛をしているときひとは往々にして確定的な〈待つ者〉から不確定な〈待たれる者〉になっていってしまうように、榊さんの川柳連作においてもわたしたちは〈意味を待つ者〉から〈意味を待たれる者〉になっていくのです。

だから、わたしたちは、率先して、わかめの森をかきわけ・かけぬけて、代入しなければならない。これは、行為です。行為が、問題になっているのです。意味は、その《あと》です。意味は、あとからやってくる。あなたを、待っている。

最後にもういちど、代入してみましょう。

  泣いたから訊けばわかめ/もともと/ゴドー/川柳にゃ顔がない

そういえば、恋愛とは、手に入れられないたったひとつの/すべての《顔》をさがすことだったのではないでしょうか。

ところで、愛する者にとっては、他者が、あるいは他者もまた、そのような究極的な準拠点として現れることとなる。(大澤真幸「恋愛の不可能性について」『恋愛の不可能性について』ちくま学芸文庫、p.70)
あの夏の日/鼻にも口にも耳にも 水が入って ゴボゴボいって あせればあせるほど沈んで 目も痛くて あけていられなくて/でも一瞬 水の中から見えた太陽は とてもキレイだった(岡崎京子「水の中の小さな太陽」『エンド・オブ・ザ・ワールド』祥伝社、1994年)



榊 陽子 ふるえるわかめ 10句 ≫読む 

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