2015-12-20

【週俳10月・11月の俳句・川柳を読む】舌、人魚、鮫の震える世界 佐藤りえ

【週俳10月・11月の俳句・川柳を読む】
舌、人魚、鮫の震える世界

佐藤りえ


竹岡一郎さんの『進メ非時悲ノ霊ダ』三部作を興味深く読んだ。言わずもがなのことではあると思うが、タイトルは第二次世界大戦中に大政翼賛会が掲げたスローガン「進め一億火の玉だ」の捩りである。重ねて言えば前後編のタイトル直後の詞書も、第二次世界大戦中のプロパガンダを捩り、こてんぱんに無意味化したような惹句となっている(パアマネントはやめませう→パアマネントは褒めませう、石油の一滴、血の一滴→接吻一擲無智一擲、贅沢は敵だ!→洗濯は素敵だ!など)。

一連を順に読んでいくと、「爆破」「デモ隊」「議事堂裏」「開戦日」「国会」といった語彙がどんどん出てくる。作品の発表された時期と現実の時間軸を重ね合わせると、これは2015年9月19日未明に参議院本会議で可決された安全保障関連法と、法案の成立前後に繰り広げられたデモンストレーションに係る連作なのだろう、と類推される(「嗚咽し爆撃し墜つるイワンの馬鹿へ聖夜」ではトルコ空軍によるロシア空軍戦闘機撃墜事件頭を過ぎった)が寓意的な表現も多く、この連作は事件・事象「そのもの」を詠んでいるのではなく、それら事象によって「契機を得て書かれたもの」というふうに読んだ。

作品世界においての時系列としては、前篇では議事堂まわり(二度出てくる)で揉め事がありデモが繰り広げられ、後篇では開戦日を迎え戦闘が始まった、というフィクショナルな経過をたどっている。前篇・後篇では話者は国内にいて国内のことを詠んでおり、番外篇では話者がより広い場所へと、国も星も、時空をも飛び越えていってしまったようである。

禁野の鹿夜ごとの月に舌挿し入れ
善人が黙えらぶ世の鵙日和
千代ちやんの舌吸ふ秋の蛸断片
砲兵工廠勢ふ舌より紅葉づらん
末枯や喘ぐ拍子に舌失くす
わが舌は長夜の獄を舐め熔かす

前篇には「舌」のモチーフが頻出する。「善人が黙えらぶ世の鵙日和」には、沈黙するひとの頭上をかまびすしく鵙が鳴き叫ぶ=参加せず沈黙を守る善男善女をよそにデモのコールが続く、などという深読みを誘われる。「俺とならび飛ぶ雁すでに唖なるが」も声の有無を含む点で「舌」のモチーフに連なるものである。

禁野の鹿夜ごとの月に舌挿し入れ
けふ牡鹿かの巫を突きに突く
鹿よりも瘦せ爛爛と法学者
瞋り光り巨塔へなだれ込む鹿たち

「鹿」もたびたびいる。どうやら数が多く、さらにやりたい放題である。

開戦日不眠不休のハッカーら
開戦日死の商人が美男子だ
開戦日全霊で猫抱いて坐す
海底は人魚鳴きあふ開戦日
開戦日発電所から鮫!鮫!鮫!

後篇には「開戦日」の句が五つもあった。30句中に5句、しかし前半に集中しているので駄目押しというほどに印象が濃い。「開戦日全霊で猫抱いて坐す」は多様な開戦日の一コマとしてどさくさにまぎれて差し込まれていて、しかしそれはギャグ漫画でミサイルが着弾する家の、何にも気づいていない座敷の風景のようでもある。

極細の鮫が毎日首都へ降る
不死の鮫なみだの海に鰭磨き
鮫の背骨が折れてることは言はないで
島の遺骨の上の無恥なる我等へ鮫
開戦日発電所から鮫!鮫!鮫!
鮫の群より零戦が離脱せり
霊として鮫は獲物を選ばない
鮫食つて鮫の気持ちの黙示録
ねぢれ燃え地核へ進む鮫一塊
思春期の喉は斉しく鮫の歯痕
産めよ呪へよ鮫よ造兵廠すてき
まつろはず鮫の穿てる舌なれば

後篇では「鮫」大活躍である。前半の「舌」「鹿」は人間そのもののメタファであろうか、と唸りながら考えたが「鮫」はどうもそうではないようだ。不死の「鮫」と、発電所からの「鮫」と、地核へ進む「鮫」はそれぞれ別の状態・役割を持つ(のであろうと思われる)ものだからだ。位相は異なるが、これら「鮫」は人間を侵しうるもののことだろう、と思って読んでいくと、番外篇にこんな句が登場する。

歪む螺旋の路這ふ僕もいつか鮫

「螺旋の路」がDNAのことを指しているのだとして、進化の果てに「僕」もいつか「鮫」になるだろう、といっているのだとしたら、「鮫」は人間以外の、人間を侵しうるものという位置づけではなくなってしまう。

私の目には、「鮫」はずっと一連の中で(無機物有機物を問わず)デストロイヤー的なものをマスクする存在に見えた。それぞれの「何か」を直接見せない(塗りつぶしで不適切な語句を隠すように)処置として、あれやこれが「鮫」に置き換えられているのだろうか。「鮫」は一つの統一された象徴的意味合いの存在ではなく、「隠すもの」としての役割が一貫している、そうした用いられ方なのではないか。では、「人魚」はどうか。

海底は人魚鳴きあふ開戦日
軍払下品として人魚冷ゆ
主権即ち人魚に在れば吹雪く国会

アンデルセンの「人魚姫」では人魚の声はついに王子に届かず、人魚は自分の延命のために王子を傷つけることもできず、泡となって死んでいく。人魚は地上において無声の存在なのだ。「舌」が、肥大した「舌」そのものが、人間のメタファとして捉えられるとしたら、無声の存在である「人魚」は誰なのか。

モチーフを手がかりに読み進めつつ、だんだん頭の中に描かれていったのは、古賀春江やマグリットら、明快な色合いとフォルムで不可解な風景を繰り広げる、シュルレアリスムの絵画の風景だった。そういえばマグリット『集合的発明』の人魚は上半身が魚だ。海底で鳴きあっているのは、人魚姫の眷属ではなく、魚頭人足の、立ち泳ぎの集団なのかもしれない。

最後に一連のなかで最も好きな一句を引く。この「鮫」がとてつもなく大切なものの喩でないことを祈りたい。

鮫の背骨が折れてることは言はないで




榊 陽子 ふるえるわかめ 10句 ≫読む 

第448号 2015年11月22日
千倉由穂 器のかたち 10句 ≫読む

竹岡一郎
進(スス)メ非時(トキジク)悲(ヒ)ノ霊(タマ)ダ
前篇舌もてどくどくする水平線を幾度なぞつてもふやけず諦めず舌が鳥になるまでパアマネントは褒めませう 30句 ≫読む

第447号 2015年11月15日
竹岡一郎
(スス)メ非時(トキジク)(ヒ)ノ霊(タマ)
後篇接吻一擲無智一擲惜しむべからず抱くまでは木琴聴いても正気が足りぬ億兆の新たなる終末に洗濯は素敵だ! 30句 ≫読む

第449号 2015年11月29日
竹岡一郎 進メ非時悲ノ霊ダ(ススメトキジクヒノタマダ)
番外篇:正義は詩じゃないなら自らの悪を詠い造兵廠の株価鰻上りに指咥えてる君へまつろう者を俳人と称えるが百年の計にせよ季無き空爆を超える為まつろわぬゆえ祀られ得ぬ季語へはじめてのうっちゃり 17句 ≫読む

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