2015-12-27

週俳2015年4月のオススメ記事 リアル 福田若之

週俳2015年4月のオススメ記事
リアル

福田若之



物語の主な登場人物はふたり。本文には、「「セイイチロー、なんか食べたいよう」フウカは私を呼び捨てにする」という記述がある。だから、語り手の名前はセイイチロー。そして、「多分、例のがちゃがちゃ節操の無い毛唐の歌舞音曲、と言ってしまえばにべも無いが、私も一時期毛唐の歌舞音曲に憧れ、自ら演奏していた事もある。「君嶋征一郎とノーザンクライマーズ」と言うロカビリーバンドを組んで、新宿や池袋のジャズ喫茶に出ていたのだ」という記述から、語り手の名前は君嶋征一郎であることが分かる(それが単なる芸名でないとしたら、だけれど)。そして、「フウカは六十歳下の十四歳。孫だ」。



ここでいま紹介しているのは、中嶋憲武の「はいくフィクション」シリーズから、「古い歌



さて、主な登場人物である二人の名前を確認した上で、物語の時間について確認したい。まず、「私は昭和十三年生まれの七十四歳」という記述から、語り手にとっての現在はセイイチローの2012年の誕生日から2013年の誕生日までのいつかだと分かる。そしてさらに、「アーケードの商店街は連休でも関係無いのか、半数の店はシャッターを閉じている」という記述と、「白髪の向う側で公園の葉桜がそよいでいた」という記述から、語られているのはゴールデンウィークの出来事であることが分かる。したがって、これは2012年か2013年のゴールデンウィークの話なのだ。

さらに、セイイチローによれば、「我々はドーナツ屋に入った」のだが、そこでフウカが「ここのポイントカード、もうすぐ終了なんだね」と言っている。連休中は商店街の半数の店が休んでいるにもかかわらず開店しているこのドーナツ屋は、おそらくチェーン店かあるいはフランチャイズ店だろうと推測される。そこで少し調べてみると、現実世界では、ミスタードーナツのポイントカードが2013年の9月に終了している。

だから、この物語の舞台設定が現実に基づいているとすれば、この物語の時間は2013年の5月に設定されているとみておそらく間違いないだろう。そして、この物語の舞台設定がかなりの程度現実に基づいているということは、この物語に複数の現実の歌手、バンドおよび楽曲の名が登場することからも明らかだ。また、この推測は「『炎環』2013年10月号より転載」という初出の表記に照らしても、合点のいくことに思える。

けれど、どうやら、ミスタードーナツのポイントカードが終了することが発表されたのは、2013年の7月の半ば頃のようなのだ。要するに、現実世界の2013年5月の僕らは、ミスタードーナツのポイントカードが9月に終了することを知るよしもなかったはずなのである。だから、このドーナツ屋がもしミスタードーナツなのだとしたら、フウカは現実には知りえなかったことを知っているということになる。

要するに、ここには、おそらく2013年の7月の半ばより後、2013年10月までのあいだにこの文章を書いた中嶋憲武の生きた現実が、それとないかたちで、けれど同時に、ありありと生々しく、刻印されているのだった。

ゴールデンウィークという時期の設定が、本文の末尾に引用された〈葉ざくらやどこへ行くにも野球帽〉(細川和子)に基づいてなされたものであることは明らかだ。きっと、句を読むことで思い起こされた二、三ヶ月ほど前の初夏の街の記憶がもとになって、この文章は書かれたのだろう。そこに、おそらく、つい最近のドーナツ屋のお知らせの記憶がふっと混ざりこんだのだ。書き手の生きた時間がこんなふうに文章にあらわれることを人によってはフィクションの綻びとみなすかもしれないけれど、僕には、それはとても俳句的で、とても尊いことに思える。


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