2016-03-20

自由律俳句を読む 130 「鉄塊」を読む〔16〕 畠働猫

自由律俳句を読む 130
「鉄塊」を読む16

畠 働猫



層雲同人であった岡野宵火が中心となり、昭和24年に発刊された「河童」という句誌がある。
橋本夢道や北田傀子(千秋子)など、当時若手とされた人々が参加し、互いの研鑽と新たな表現の模索の場としていたようだ。
その「河童」に「鉄塊」を比べることは厚顔の極みかとも思うが、その状況や経過の類似については、すでに藤井雪兎などに指摘されているところである。(あくまで状況と経過であり、才能や句の質を言うのではない)
いずれ岡野宵火、あるいは「河童」に寄せられた句について、この記事で鑑賞したいと思う。


鉄塊参加者も、今回紹介する20139月の句会では、6人になった。
最も参加人数の多かった回は第十三、十四回の11人である。
そこから、天坂寝覚、松田畦道、渋谷知宏(シブヤTヒロ)、白川玄齋、本間鴨芹といった面々がそれぞれ活動休止、あるいは退会をしていった。
参加する人数が重要ではないとは思いながらも、危機感を覚えずにはいられなかった。(鉄塊の句会は集計・編集が輪番制のため、人数が少ないと作業負担が増えるということも現実問題としてあった。)
冒頭で触れた岡野宵火らロマン派と呼ばれた人々も、夭折や様々な理由により仲間を失っていった。彼らに重ね合わせて、鉄塊から仲間が一人また一人と去っていくにあたり、センチメンタルな気分になったことは確かである。

「鉄塊」とは「組織」ではなく、自由な「場」であり、そこに加わるも抜けるも自由であってよい。私はそのように考えていた。
その「場」が必要であれば、それを利用するものが整備し、必要な者がいなくなれば自然と消滅するものだろう。と。
ただ、その消滅が現実に予期されるようになると、なんとか「場」を維持したいという感情も湧いてきた。
いずれ自分よりも強く、この場を必要とする者が現れるだろう。その引き継ぎのために。そんなことを考えていた。
幸い、次の月からは十月水名、地野獄美の2名が参加し、以後しばらくは6人から9人の間で句会が持たれるようになっていく。
第十九回からは招待枠を設けて参加者を招いたり、第二十三回からは投句数を13句から5句に増やしたりなど、人数が少なくとも句会の質を落とさないような工夫を参加者の知恵を持ち寄り行ってきた。
それでも20156月をもって鉄塊はその「場」としての役割を終えることになる。



さて今回も「鉄塊」の句会に投句された作品を鑑賞する。
第十七回(20139月)から。
当時の句会での自評も再掲する。
文頭に記号がある部分がそれである。
記号の意味は「◎ 特選」「○ 並選」「● 逆選」「△ 評のみ」。



◎第十七回(20139月)より
価値観がそっくりそのまま輝いた 中筋祖啓
△「人間を形作るものは『価値観』である、と思います。それが輝いたということはよい人物に巡り合えたのでしょう。異性であるなら結婚を申し込んではいかがでしょうか。そのような相手には人生の中でそれほど多くは出会えません。」(働猫)


出会えませんよねえ。困ったな。

階段が痛くて痛くてしょうがない 中筋祖啓
△「コンドロイチンが効くらしい。ご検討ください。」(働猫)


歩兵だからですかね。

体力の、臨界 中筋祖啓
△「あふれ出しているのだろうか。うらやましい限りである。完全にコントロールされていますか。」(働猫)


この頃、政権与党は民主党でしたね。

お菓子の空き箱できてもうひとつの世界 藤井雪兎
△「空き箱に箱庭でも作っているのか。そういえば小さい頃そんな遊びをしたような気もします。」(働猫)


お菓子に限らず、ティッシュの箱が空いても、なんかの材料になるなあと思って取っておいた。しかし、それを元にあれこれ考えたり、設計図を描いたりすることは好きだったが、その段階で飽きてしまうことが多かった。
今もそういう傾向は残っているな。

泣きじゃくった後のカーテンの隙間だった 藤井雪兎
△「カーテンに丸まって泣いていたのか。小学校の教室を思う。または、自分の部屋で泣いていて、ふと気付くとカーテンの隙間に眼があったというオカルト句なのか。いずれにせよ『泣きじゃくった』という語選びの良さがそれほど生きていないのではないか。」(働猫)


「泣きじゃくった」は本当にいい語選択と思う。

あしあともきれいな街だ 藤井雪兎
△「あしあとさえも残せないほどソフィスティケイトされた街なのか。一切の汚れを許さないディズニーランドのことですかね。」(働猫)


都会のイメージ。やはり都会の兎よ。

ぜんぶ夢ならいいのにと動かない半身であなた 風呂山洋三
●「逆選。対象である『あなた』との距離が遠いためか、それとも想像で詠んだものか。どうにも軽く感じてしまう。ステレオタイプなドラマのシーンのようだ。いずれにせよ本当に大変なのはこれからであろう。」(働猫)


上記の句評を補足する。
悲劇的な内容に関して、批判や非難がしにくい、という心理的作用は当然ある。
だからこそ、悲劇に満ちた内容を表現するならば、その作品自体に鑑賞に堪える強度を持たせなければならない。それが表現者を修羅足らしめる覚悟だ。
また、表現に生きる者であれば、作品として優れているかどうかを検討する目を持たなくてはならない。
同情や哀悼以外の感想を受け付けないのでは、句である必要はない。
伝えたいことが一つならば散文の方がよい。
以前紹介した松尾あつゆきの原爆句のように、もっとも相応しい表現手段として選択されたのが自由律俳句であったという必然性。それが作品の強度になる。
この句ではその強度が弱く感じられた。
内容が悲劇的であればあるほど求められる強度も高まる。
戦争句や震災句に覚えるもやもやはそこに起因するのだと思う。

寝返り打てば秋でした 風呂山洋三
△「寝すぎです。」(働猫)


実際には寝返りで窓の外あるいは庭が見えてそこに紅葉などの秋の気配を見た、という句なのだろう。

他人の尻ぬぐいした腹が鳴っている 風呂山洋三
△「それは腹も鳴るに違いない。しかし当たり前すぎはしないか。『わたしの尻をぬぐった腹が鳴っている』であれば句になる。」(働猫)


他者のために何かを「やってやった」という思いを句にされても困る。
そういうのってキャバクラとかでお金払って聞いてもらうことではないのかしらん。(私は行きません。)

病み疲れて秋団扇 小笠原玉虫
△「疲れても治りはしないだろう。仮病だったのか。そんな余裕が感じられる。病が重く発熱している状況を詠むのであれば、『扇ぐ手も病んで○○(なんか季語)』ではどうか。」(働猫)


病気とか薬とかの句も、上で述べたような「悲劇的な内容」と言えるだろう。
突き抜けた自嘲(それでもありがちだけど)や客観視などで昇華させなければ作品にはならない。その点がこの句は弱いかと思う。

病や薬も極めて個人的なものであり、無自覚に詠めば独りよがりな句になってしまう。個人的な痛い苦しい辛い疲れた寝てない病んでる死にたいをそのまま出して聞いてくれるのは医者やカウンセラー、そうでなければ結婚詐欺師だけである。

墓の花挿しの熱い水を捨てる 小笠原玉虫
◎「特選。墓参りだろうか。今回の句群で出色の句であると思う。暑かった夏の日の一場面をよく切り抜いた。抑制の効いた表現がかえって故人への思いを表しているようにも思う。」(働猫)


「熱い」が作者の主観と言える部分であるが、けして感情を説明するものではない。しかし主観を最小限に抑えながら、過不足なく読み手にその心情を伝えている。恐らくは実景を句にしたものと思うが、非常に巧みな切り取りである。
良句である。

肝心なときにペンのないわたしという生き方 小笠原玉虫
△「百縛百句に出されていた作品ですね。『わたしという生き方』が冗長に感じます。『わたし』あるいは『生き方』のどちらかでよいと思います。」(働猫)


「百縛百句」というのは、当時私がTwitter上で行っていた、百のしばり題で自由律俳句を詠もうという企画である。企画・運営に当たっては、ロケッ子さん、タケウマ氏、mekekeさん他多数の方々にご協力いただいた。改めて感謝をお伝えしたい。
この句はたしか「文房具」という題で詠まれたものと記憶している。
「わたしという生き方」については、今考えてみるに「冗長」というより、使い古された言い回しのように感じたのだと思う。
試しに「という生き方」を検索してみると、啓発本の類のタイトルがずらりと出てきた。
せっかく自分の句を作るのだから、こうした陳腐な表現に甘んじてはならないだろう。
耳当たりのいいフレーズは疑ってみる必要がある。

話はずれるが、「よつばと!」(これがオリジナルだろうか?)、「けいおん!」のような「ひらがな四文字+!」のタイトルが漫画やアニメの世界で氾濫しているように感じる。その背景には、単なる模倣ではなく、「売れる仕組み」としての学習があるように思う。世の中にはこのように、ちょっと受けたフレーズを安易に模した陳腐な表現があふれている。
しかし「売れる」ということは、多くの人に認められ、求められるということである。それを突き詰めていけば、以前上げた名句の条件にもつながる音楽性に辿り着くだろう。名句に至る道程においては、嫌悪感によって目を背けてしまいがちな「陳腐さ」にも、真剣に向き合うことは必要なのだと思う。

片頭痛の視界に生足 馬場古戸暢
△「救われた気持ちになったものかどうか。残念ながら性欲が一般男性より希薄なため、こういう状況にすかさずときめいてしまう感じには共感できない。」(働猫)


古戸暢にとって重要なモチーフである生足である。
片頭痛との取り合わせによって、この句ではかなり効果的に配されているように思う。
性欲云々の点で思い返してみると、どうも筒井康隆の作品(特に「七瀬シリーズ」)が自分の性的傾向に影響しているように思う。
少年時代の読書経験の中で、清らかな星新一からSFつながりで筒井康隆や小松左京に手を出してしまったのが今思うと間違いだった。
筒井康隆の作品中の男性、特に「七瀬シリーズ」に登場する男は、とにかく女を犯そうとする。人の心が読める七瀬は、周りの男が全員自分を性的な目で見ていることがわかる、みたいな場面が繰り返されるわけですよ。うろ覚えですが。
その描写を読んで、ああ、大人の男って気持ち悪いなあ、いやだなあ、と思い、心底嫌悪した。そして自分はそうした男性性を出さないようにしたいと願ったものだ。
自分の第二次性徴は小学4年生の頃であったが、精神的にはそうした純真さを保っていたのである。
それに加えて栗本薫のBL描写によって、自分自身も男から性の対象にされうるのだと深く恐れた。
そのように屈折して生きてきた身であるが、年のせいか、古戸暢の明るい「生足いいよね」の方が健全かもしれぬとようやく思い始めるようになってきましたよ。
今でも私は小説や映画に性行為の場面は必要ない派です。
いらないよね。何なのあれ、興奮してほしいの?意図がわからん。女優を脱がせたいだけじゃないのか。「芸術のためなら脱ぎます」みたいな考えも馬鹿みたいと思う。

サドルのドクダミはらう夕暮れ 馬場古戸暢
△「『ドクダミ』に何かが仮託されているのだろうか。読み取れなかった。それとも特に言いたいことなどないのだろうか。」(働猫)


たぶんないんだろう。
夕暮れまで置いていた自転車にドクダミの花弁が散り落ちていたのだろうか。
その情景にシャッターを切っただけなのだろう。

吸い殻にスコール 馬場古戸暢
△「この夏のゲリラ豪雨にあったものか。火も完全に消えて良かったですね。」(働猫)


ゲリラ豪雨も毎年あるように思える。
地球規模での気候の変動なのだろう。




*     *     *



以下三句がこの回の私の投句。
こんなところにうちすてられてしまっては石仏 畠働猫
思春期の最終日だった父を焼く 畠働猫
すりガラスの向こう忙しく生きている 畠働猫
「父という自死の先達ある強み(働猫)」もそうだが、父について詠む句は575の定型に沿う傾向があるようだ。
これは無意識に、作品としての強度を補強しようとしているためであろう。
かつては小説や童話などを書いていたので、父を亡くした高校1年の秋から、繰り返しそれを表現しようと試みてきた。しかしどうしてもできなかった。
三十歳を超えてやっと句にすることができた。自分では散文でなく「句にする」ことに必然性があったと言えるだろう。ただ、定型でないリズムにすることはなかなかできないでいる。強度の問題である。
前回の「明け急ぐ骨を骨を隠しきれない骨が鳴る(働猫)」、前々回の「死者おちんこも隠さずに(働猫)」が失敗作であるのはそういう理由もあろうかと思う。




次回は、「鉄塊」を読む〔17〕。

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