2016-03-20

【みみず・ぶっくすBOOKS】第1回 ドミニク・シポー編『額(ぬか)の真中(まなか)に/戦争俳句1914-1918』 小津夜景

【みみず・ぶっくすBOOKS】第1
ドミニク・シポー編『額(ぬか)の真中(まなか)に/戦争俳句1914-1918

小津夜景





以前、【みみず・ぶっくす】で散歩篇と称して「フランスの片田舎でどのくらい俳句関係の本が買えるのか」を調べたことがある。調べたといってもただの素人調査、本屋さんに行って棚を見てきただけなのだが、それでもかなり新鮮な体験だった。どの店にも俳句のコーナーがあった上に、造本もジャポニズムを強調しすぎない平熱のデザインが多かったからだ。俳句が全く浸透していないとまでは思っていなかったがまさかここまでとは、といった気分である。




(前回紹介した本の一部。記事はコチラコチラ

で、さいきん「前回の探訪から一年経ったし、またしばらくぶりに本屋に行こうかな」と思っていたところへ、はっと気がつくと【みみず・ぶっくす】が連載60回を越えるという珍事件が起きていた。なにも考えずにいたら、いつもまにかウラハイの貴重なスペースを60回も拝借していたのだ。ちょっと凄くないですか。なにかお祝いの余興をしたい。

という訳でこれからしばらくの間、近所の本屋さんで見つけた俳句の本を再度レポートすることにした。祝宴&クールダウンをかねてのんびり10回くらいできたら嬉しいのだけれど、その辺はお財布の都合によるので確かなことは言えない(どうなることやら)。

さて記念すべき初回、買ってみたのはドミニク・シポー編『額(ぬか)の真中(まなか)に/戦争俳句1914-1918』という本だ。そのタイトル通り、第一次世界大戦期に書かれた俳句アンソロジーである。En pleine figure は「直面して」という意味の慣用句だが、ここでは直訳っぽい方が鮮烈な内容に似つかわしい気がしたので、斎藤史「額の真中に弾丸(たま)をうけたるおもかげの立居に憑きて夏のおどろや」から表現を借りてみた。

本文158頁。価格は16€=約1880円だった。

編者のドミニク・シポーは俳人にして俳句研究者。俳句普及協会発行の『Ploc¡』というフリーペーパーにも参加している。また序文はジャン・ルオー。ルオーは1990年に『名誉の戦場』でゴンクール賞を受賞したが、この小説は池澤夏樹の編集している世界文学全集でポール・ニザンと抱き合わせになったせいか、日本でも割と読まれているみたいだ。

表紙の折り込み部分をのばしてみる。

造本は表紙に折り返し部分のあるペーパーバック(こういう造本、正しくは何と呼ぶのだろう?)。表紙はつや消しで、中の紙はかなり細めの紬糸で織った布のような、決して上品すぎないのに洗練された質感。加えてそこはかとなく原田知世っぽい。なんでだろうと思いつつ奥付を見ると、スウェーデンArctic Papier社のMunken Print 80g /㎡の紙を使用していることが判明した(なるほど。どうりで…)。このクリーム色の紙、一切のコーティングをしていないそうで、どこか陰影を含んだ優しい印象がある。スウェーデンの紙モノといえばBookbinders Designが有名だが、この会社も1740年創業の老舗らしく「これよ!このシンプルさ!」と北欧マニアの心を鷲掴みにすることうけあいの素材感だ。

主要作家16名の紹介文。加えて詠み人知らずの章などがある。

ところで第一次世界大戦周辺というのは、英国を中心にすごい詩人がわんさか出現した非常に特殊な期間である。彼らが残した作品には形式の面でもおもしろいものが沢山あるが、俳句(俳諧)もそのひとつ。なにゆえ俳句?と不思議に思う人のために知ったかぶりをして解説すると、実はふたつの大戦期というのは、俳句(俳諧)のみならず箴言や断章といった「短詩形式」が大流行したのである。この大流行の背景についてはさまざまに説明できるが、形式の話をサンボリックな目線からつきつめるなら、未曾生の生存的条件を生きる詩人たちが遠からず死ぬだろうおのれの言葉に〈自分の死後に発見されるだろう一片の聖遺物〉めいた形式=格式を与えたいという無意識の願望を抱いていたことは間違いないだろう。  

またルオーの序文には「永遠と無とが交差する17音。生命の危機にさらされている若者がそのつど直面する光景とは、脳がほんの数語に折り畳んだまさに俳句のごとき出来事なのだ」うんぬんとあり、当時の若者が戦火の砲弾と俳句の刹那性とを「閃光」という点において重ねていたかもしれないふしも窺われる。

本文。一句ずつ題をつけている人もいれば、
各句の最後に地名を添えている人、
連作を試みている人など書き方はさまざま。
この本の収録作品の「気分」については、以前紹介したジャン=マリー・グリオの句に比べてやはりと言っていいのか、当時の塹壕詩人の作風を彷彿させるものが多く、いわゆる俳句らしさを求めて読むと肩透かしをくらうかもしれない。だが資料的価値は十分にある本だ。以下数句紹介する。

《詠み人知らず》

Il neige encore encore un haÏkaÏ !
La terre a recouvert les corps.
La neige veut recouvrir les ruines.

また雪だ…またひとつ俳諧だ!
地は人体を覆い尽くした。
雪は廃墟を覆い尽くすだろう。

《ルネ・デュラン》

Derrière le cimetière
Un moulin à vent
Penche sa grande croix.                 
Chemin des Dames, 1922

墓地のうしろに
風車
その大きな十字を傾けて
                            シュマン・デ・ダーム、1922


《ジュリアンヴォカンス》

Deux levées de terre
Deux réseaux de fils de fer
Deux civilisations.

ふたつの盛り土
ふたつの有刺鉄線
ふたつの文明。

《ルネ・モブラン》

Mes amis sont morts.
Je men suis fait dautres.
Pardon...

友だちが死んだ。
別の友だちをつくった。
ごめんよ…。



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