2016-05-01

【八田木枯の一句】母戀ひの春のともしを袖圍ひ 田中惣一郎

【八田木枯の一句】
母戀ひの春のともしを袖圍ひ

田中惣一郎


今も昔も夜は変わらず暗いものなのだけれど、現代ではあかりをとるために使われる本物の火を見ることはまれだろう。キャンプ用のランタンでさえ電気で光るものがほとんどであれば、灯火といって普通にイメージされるものはだいたい電気の光であることが多い。

母戀ひの春のともしを袖圍ひ    八田木枯

『於母影帖』(1995)所収の掲句の春灯ははっきりと火である。油皿に灯芯が立って燃えているような、今はもう生活の中では見られなくなった火を思わせる。

その火が母恋いの象徴であると言えば、感傷が春の灯に趣を一層加えもするし、袖囲いにしてしまえば自分の体に近づいた灯の温度を切に感じることだろう。

昔から変わらず何かにつけ夜は感じやすい時間で、灯火が本物の火でなくなった今でも夜のひかりはなやましく光る。



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