2016-08-28

自由律俳句を読む147  「荻原井泉水」を読む〔2〕 畠働猫

自由律俳句を読む 147
荻原井泉水」を読む2

畠 働猫

今回も前回に続き、荻原井泉水の句を鑑賞する。
句集『原泉』には、大正元年から昭和20年までの句が収められている。
明治の終わりから関東大震災、二度の大戦を経る非常に長い期間の句群である。
これらの句は、人間井泉水がその時代を生き、その時代の中で発見した「光」と「力」との記録でもある。



▽句集『原泉』(昭和20)より【大正元年~昭和20年】

劫火更けつつ欠けし月を吐けり 荻原井泉水
関東大震災にあたって詠まれた句であろう。
倒壊した建物が積み重なる中、茫然と空を見ている姿が浮かぶ。
まだ火は燃えていたのだろうか。
その無常の景色の中で見出した光は、太古から変わらぬ月であった。



今際の彼が時を問いしんと時移る 荻原井泉水
「妻桂子死す」と前書きがある。
井泉水の最初の妻桂子が亡くなったのは、大正12年。28歳の若さであった。自身も自由律俳人であり、句集に『寂光帖』がある。
静かに去ってゆく妻への哀惜が、その瞬間に時を止めてしまったのだ。



かすかな脈に觸れる觸れぬ夜の凍るばかり 荻原井泉水
「母死す」と前書きがある。
妻桂子を亡くした翌年であったようだ。
この後、井泉水は諸方へ行脚の度に出ることが多くなった。
前の句の「時を問い/時移る」と同じように、「触れる触れぬ」という繰り返しが効果的である。繰り返しは、自身の混乱や焦燥など、心情を乗せやすい技法である。また、音数に制限がない自由律とは相性のいいものと言えるだろう。
実際、井泉水の句にも繰り返しは多く見られる。



煩悩無盡(むじん)安居(あんご)の髭のはや伸びて 荻原井泉水
作句の時期から見て、「安居」とは、寺で行う座禅修行のことであろう。ただ、「安らかに暮らしている状態」と見てもよいように思う。
親しい者を亡くしながら、心に救いを求めて生きている。生きて心が安らかになり余裕が生まれれば、あれが欲しい、あれが食べたいと欲が限りなく湧き出てくる。そうした己の至らなさを自嘲するように髭を撫でている様子であろうか。



地は寂光の曼陀羅となり月高し 荻原井泉水
「寂光」は智慧の光である。静かに地を照らす月光は、まさに井泉水の求めた「光」であったことだろう。そして月光と木々や草花が織り成す影は曼陀羅のようにこの世の真理を描く「力」であったのだ。
「寂光」は妻桂子の句集にもつけられている。
二人にとって大切な言葉であったことが窺える。



わらやふるゆきつもる 荻原井泉水
すべて平仮名の句は、今ではさほど珍しくもない。
この句も現在の句会に出れば埋没するだろうと思う。
しかし、井泉水がすでにこれをやっている以上、我々はもっと新しい表現を見出さなくてはならないのではないかと思う。



好い松もつて死場所としていたか 荻原井泉水
「放哉を葬る」と前書きがある。
ほぼ同年の二人は盟友のような関係であったのではないかと思う。
その死を悼みながらも、その最期の地に、友の最期に見たであろう景色の中に「光」が見いだせたことに安堵しているようにも見える。



蟹が蟹を乗り越えても蟹の桶の中 荻原井泉水
ユーモラスであるが、結局は桶から逃げられるわけもなく皆食べられてしまう蟹が蠢いている様は、人間社会を投影しているようにも思える。



拾えば拾えば椎の實椎の實 荻原井泉水
二語の繰り返しでできている句である。
繰り返しの生み出すリズムが、拾いきれないほどの椎の実があちらこちらに落ちていてる様子を表している。子供と歩く山道であろうか。微笑ましい景である。



月が明るくて歸る 荻原井泉水
この句も、現在では詠み尽くされた感のある景である。
私もつい詠んでしまいそうな句だ。
しかしすでに井泉水が詠んでいる。私たちはもっと先へ行かなくてはならない。



もろうてさしてよく寝ている子に藤のはな 荻原井泉水
遅く帰った日であろうか。
藤の花は詠者が持ち帰ったお土産か、それとも子が父に見せたいとその帰りを待ったいたものか。どちらにせよ花という「光」を介して、親子の情愛が垣間見られる良句である。



誰とて黙つてただただ雪降る世相か 荻原井泉水
「二・二六事件」と前書きがある。
物言えぬ時代をストレートに表現している。



雪のきた山をうしろにうちの事は思うなとばかり 荻原井泉水
「出征風景」と前書きがある。
戦争への賛否両方に読める句である。だが、ここまで見てきたように、井泉水の希求するものが「光」であるならば、この句ではその「光」は「雪」の白い輝きであろう。それに背を向けて振り返らない出征は、光から遠ざかる道である。



灯をけしても月があかるいまぶたのなか 荻原井泉水
このような経験は誰もがすることだろう。
今現在ならば詠まれ尽くした句材と言えるかもしれない。



かんずめのかんに撫子さして当分ご滯在ですか 荻原井泉水
戦時中の句であろう。
焼け出され家を失った者であろうか。その花が枯れるまではここに落ち着くつもりと見たのだろう。
物がない生活にも花を潤いとする姿に人の「力」を見出したのだろう。



物の足らぬ中のこの大いなる西瓜ざつくりと切れ 荻原井泉水
「大いなる西瓜」に幸福が凝縮されている。
飽食の現代においても、西瓜はハレの象徴である。
それは西瓜の大きさに由来する。
西瓜はその場違いな大きさ故に、食卓や団欒においてマレビトの役を負うのである。巨大な西瓜を切り分けてともに食べることは収穫を祝う祭礼である。
そして巨大故に冷蔵庫に入らない西瓜は、団欒に永く留まることのないマレビトとして去ってゆくのだ。
それはまさに「光」であり「力」である。
私の句友に藤井雪兎がいるが、彼は大変西瓜を好む。
おそらくは井泉水同様、そこに「光」を見出しているのであろう。



火が、火ほてりがさめてゆく骨の白い色となる 荻原井泉水
読点を打つ技法もまた、すでに井泉水が用いている。
そこにひと呼吸を置く、自らのリズムを忠実に再現しようという意図であろう。
この句は空襲のあとであろうか。それとも親しい者を荼毘に付したあとであろうか。
骨の白さに「光」を見出しているのか。
そうだとすればなんと寂しい「光」であろうか。



*     *     *



井泉水は自然の中に、人間の中に「光」や「力」が存在すると信じた。
それは私から見ると、非常な無邪気、無垢であるように思う。
空襲の焼け跡に、愛する者の亡骸に、なお光を見出すことができるものなのか。
優れた彫刻家が、石や木の中にすでにある像を彫り出すように、井泉水は人や自然の中にすでにある「光」を見出そうとしたのだろう。

私自身を考えてみると、自分を始め人間の中に「光」がある、とは意識してこなかった。むしろそこにある「闇」をじっと見つめていたように思う。
それらは表裏のものであり、闇を見つめることは光を求めることであったのかもしれない。
だが、井泉水と自分との切り口の違いを意識できたことは収穫である。

私は、芸術とは人類全体で取り組む美への試行錯誤であると考えている。
今回取り上げた句群は、当然、自由律俳句草創期のものである。
しかし、見てきたようにまったく古臭く感じない。
現代の句会に出されてもまるで違和感がない。
鑑賞者であれば、それだけ井泉水が優れた表現者であると讃えるだけでよい。
だが、私も含めて、自由律俳句の鑑賞者はほとんど同時に表現者でもあろう。
井泉水の句が今でも「光」と「力」を持っていることに危機感を持つべきである。
それを上回る「光」と「力」を示すべきである。
美の探究は前進あるのみである。
前へ前へ。自由律俳句を前進させなくてはならない。



次回は、「荻原井泉水」を読む〔3〕。

※文中の井泉水の語の引用は『昇る日を待つ間』(荻原井泉水)による。
 また、句の表記については『鑑賞現代俳句全集 第三巻 自由律俳句の世界(立風書房,1980)』によった。

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