2016-08-28

利口であること、およびその哀愁についての試論 第19回松山俳句甲子園全国大会の一句

利口であること、およびその哀愁についての試論
第19回松山俳句甲子園全国大会の一句

福田若之


今年の俳句甲子園の準決勝第二試合で発表された次の句について、その場に居合わせなかった外野が書くという野暮を承知で、あえて書いてみようと思う。

利口な睾丸を揺さぶれど桜桃忌   古田聡子

句の作者名や表記等については、大会の公式サイトに掲載されている試合の得点表にもとづく。なお、この句については高校生によるディベートと審査員による選評も生中継されていたはずだが、聴きそびれた。だから、まずは、これからここに展開するのは僕の勝手な読みでしかないということを、はっきりと断っておくことにする(まあ、いつもそうには違いないのだが)。

さて、この一句においては、なによりもまず「桜桃忌」という一語が、太宰治という人間にかかわる全痕跡へと差し向けられた、おそらくは句の書き手自身によっても完全には制御できない無限の参照の光源として書き込まれていることは明らかであり、曲がりなりにもこの句を読むというのであれば、そのことだけは決して見過ごされてはなるまい。だが、それにしても、単に「太宰忌」ないしは「太宰の忌」と書いた場合とはいささか意味合いの異なるこの一語は、太宰にかかわる痕跡のなかでも、まずもって、「桜桃」と題された、その本文に曰く「夫婦喧嘩の小説」に、もっとも強い光を差し向けるものでなければ、いったい何であろうか。

「桜桃」には、こんなことが書かれている――
[……]私は、悲しい時に、かえって軽い楽しい物語の創造に努力する。自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。
 人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。もったいぶって、なかなか笑わぬというのは、善い事であろうか。
 つまり、私は、糞真面目で興覚めな、気まずい事に堪え切れないのだ。[……]
(強調は原文では傍点。ルビは省略した。以下同様)
「糞真面目で興覚めな、気まずい事に堪え切れない」がゆえに、そうしたありようからできるかぎり遠く離れたものを書くこと。それは、当然のごとく、「軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易」といった類の反応を多かれ少なかれもたらすことになる。きっと、そんなことは承知のうえで、一句は書かれ、俳句甲子園の準決勝という場で衆目に対して曝け出されたに違いない。では、この一句がそうした態度でもって吹き飛ばそうとしたものは、何だったのだろうか。ふたたび「桜桃」を引用しよう(ここから先、特にことわりのない引用はすべて太宰の「桜桃」からのものである)。
 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を拭き、
「めし食って大汗かくもげびた事、と柳多留にあったけれども、どうも、こんなに子供たちがうるさくては、いかにお上品なお父さんといえども、汗が流れる」
 と、ひとりぶつぶつ不平を言い出す。
 母は、一歳の次女におっぱいを含ませながら、そうして、お父さんと長女と長男のお給仕をするやら、子供たちのこぼしたものを拭くやら、拾うやら、鼻をかんでやるやら、八面六臂のすさまじい働きをして、
「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」
 父は苦笑して、
「それじゃ、お前はどこだ。内股かね?」
「お上品なお父さんですこと」
「いや、何もお前、医学的な話じゃないか。上品も下品も無い」
「私はね」
 と母は少しまじめな顔になり、
「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」
 涙の谷。
 父は黙して、食事をつづけた。
だから、「内股かね?」という問いよりもいっそう「医学的」であろうはずの「睾丸」という語をめぐって、どういうわけか一句の周囲に立ち上がろうとする「糞真面目で興覚めな」議論については、僕がこの句の読者たろうとするかぎりにおいて、やはり、「上品も下品も無い」という言葉でもって、笑って受けながしてみせねばなるまい。その逆の、およそ品性に欠けた下らない勘ぐりについても同様である。だが、そうした笑って済ませられるもろもろのことがらは、実のところ、どうでもよい。それよりもなによりも「涙の谷」なんて湿っぽいのだけは御免なのだ。だからこそ、あえて「利口な睾丸」なんてことを書いてるんじゃないか。この句が、あたかも、チェリーボーイの睾丸が桜桃すなわちさくらんぼに似ている、みたいな軽薄な駄洒落の句であるかのように書かれてんのは、「糞真面目で興覚めな」、「涙の谷」みたいなのがやってらんねえからに決まってるじゃないか。言わせんなよ、恥ずかしい。だから、もしあえて俳句史的な文脈にのせるとしたら、この句に、たとえば、あの《ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき》(桂信子)のありようを「桜桃忌」という季語と向き合うことを通じて乗り越えようという意志を読みとることだって、できない相談ではあるまい。よく知られているように、桜桃忌といえば梅雨のまっただなかである。

だいたい、俳句甲子園ごときで泣いてたまるか(僕もまた、かつて選手だったころ何度となく泣かされたからこそ、あえてこう書くのだが)。そもそも、太宰的な主体からしてみれば、議論などということ自体、はじめから、御免だったはずなのだ――
私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるえながらも笑い、沈黙し、それから、いろいろさまざま考え、ついヤケ酒という事になるのである。
あの「利口な睾丸を揺さぶれど」という一節が文として完結しないままふいに途絶えるのは、これと同様の哀愁を抱え込んでしまった者が、その哀愁を言葉にすることのできないもどかしさをどうにか書かんとしながら、にもかかわらず、それを書くことの本質的な不可能性によって、しまいには沈黙せざるをえなかったという理由によってでなければ、何であろう。

もちろん、この句を読むうえで、議論なり言い争いなりということが問題になるのは、俳句甲子園という発表の場がもつ文脈によるものではない。言ってみれば、それは補助線にすぎない。句をかたちづくる言葉のうちにも、それははっきりと読み取りうるのである。そもそも、「利口」とは、語源的には、口が利くこと、すなわち、弁舌が巧みであることを意味していた。それは、まさしく弁論にかかわる語であったのだ。また、文脈によっては軽口を叩くことや冗談などを意味する場合もある「利口」は、まさしく太宰的な言葉のありようの一面を指し示してもいる。そうした意味での「利口」が「睾丸」にどう接続するのか理解できないという向きもあるかもしれないが、この「睾丸」を換喩として読めば、奇妙なところはまったくないはずだ。

弁舌が巧みであっても、軽口を言って笑わせてみても、言い争いには勝てなかった太宰。だから、この句にみられる哀愁は、ひとがそう言いたがるような性別の問題じゃないんだよ。言葉がないと生きていけないのに、言葉のせいで生きるのがつらい人間の、あの根底的な哀愁なんだよ。

とはいえ、あえてひとつだけ付け加えておくなら、言葉とともに生きることをめぐるジレンマがもたらすこうした哀愁について書くには、実のところ、「桜桃忌」では収まりがよすぎるくらいであって、僕なんかからすれば、もっと深く深く言い澱んでしまってもよかったのにと思うくらいではある。この一句は、「桜桃忌」という季語によって、鴇田智哉の言葉でいうところの「もの足りる体」のものになってしまっているように思う。おそらく、俳句において、「もの足りる」ことがつねに悪いわけではないだろう。けれど、この句が太宰的な利口さからくるもどかしさや哀愁をより深く抱え込むためには、「もの足りる体」で満たされてはいけなかったのではないか。この句は、本来言いおおせないはずのものについて、どこか言いおおせた風になってしまってはいないか。もっとも、これは好みの問題にすぎないのかもしれないけれども。

ふはは。さあさあ、僕はいつもどおりのヤケ酒といこうじゃないか――
書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。

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