2016-08-07

俳句の自然 子規への遡行52 橋本直

俳句の自然 子規への遡行52

橋本 直
初出『若竹』2015年5月号 (一部改変がある)

以前にも書いたが、子規の「俳句分類」は、自然科学における収集・分類とよく似た方法態度であり、子規なりに「文学」の材料として俳句を集め、分け、系統化することで、やがて俳句の世界を体系づけてゆくことになるような営為である。余命わずかの病身であることを自覚している子規自身が精根尽きるまでそれをやめようという選択肢を持たなかったのは、おそらく、そういう身でも継続可能な仕事であったことと同時に、「学」として己の死後の未来にも継続すべきものだと思っていたからではないだろうか。近代は科学全能といってもいい時代だったが、過酷な情況にあっても「俳句分類」をやめられなかったということにおいては、子規はその末端の忠実な(あるいは可憐な)遂行者の一人だったともいえるかもしれない。

「丙号分類」の検討を継続する。前回述べたとおり、子規は、一句中の同音の多用を「同音連起」と称して分類をおこなっていた。これは五七五の韻律とは必ずしも重ならないので押韻とは異なるが、子規はそのような句を集め、一句中の音の反復に生まれる効果を確認する材料にしようとしていたと思われる。

その後に続く分類が「中断」と「変音」である。「中断」は文字通り一句中において一語を中断するものである。例えば、

  ほとゝきはまだすこもりか声もなし  貞盛

は、「ほととぎす」と「すごもり」を分解し、一部を掛けて混合することで一句を成立させている。このとき「ほととぎす」は一旦「ほととぎ」と「す」の間を「はまだ」によって切断されるので、子規はこれを「中断」と読んだのである。このほかに、

  渡りくる秋や燕にかはりがね  昌意

これは「かはり」が「代わり」であり「かはりがね」で「かりがね(雁)」を含意する。すなわち秋に燕に代わって雁が渡ってくる、との句意であるが、「かりがね」が「は」によって「か」と「りがね」の間で「中断」されているのである。

このような「中断」句は十四句分類されている。上品に言えば和歌における掛詞のような詠みぶりで、凝った方法だが、要は落語家がTV番組の大喜利でやるような駄洒落の発想であり、言語遊戯的なものだといえよう。

次に「変音」について。「中断」が一語中に違うことばが混ざることで中断されるものであったのに対して、「変音」は一語中の音を無理矢理ねじ曲げる方法である。例えば、

  はづませてなくや拍子の程ときす  正章

これは「拍子の程」という措辞と「ほととぎす」を掛けるために意図的に誤表記し「ほどとぎす」という妙な表現を生み出しているのであり、これを子規は「変音」と称しているのである。子規は二十七句を「変音」で分類しており、その母音・子音の差異、一字意味が通じないことで下位分類している。この他には、

  夏といへばまづ心にやかけつばた   昌意
  ちる頃や花の姿もおうなへし     政公

などの句がある。前者は「き」を「け」に変音して「心にかける」と「かきつばた」を掛けており、後者は「み」を「う」に変音して「おうな(嫗)へ」と「おみなえし」を掛けているが、「おうな」の意味で読むと「し」の意味が不通になる。いずれにせよ、これも「中断」と同様に言語遊戯の側面が強いと言えよう。

次に、字足らず、破調、字余りの分類が続く。字足らずは「十五音句」「十六音句」で六句、「破調」は「十七音句(変調)」で十一句分類されているが、注目したいのは字余りの分類の多様さ、異様さで、「十八音句」から「廿五音句」まで大量の句が分類されている。特に十八音句は数が多く、三百十八句を集め、その下位分類が独特である。例えば、六七五の十八音、つまり上五の余りの句の六音の分類の場合、三音二文節であれば以下のように十五もの細分化がされているのである(各表現は子規のメモをわかりやすく改めているもの)。

①名詞なし・母音あり(十四句)
②名詞なし・母音なし(十二句)
③二音の名詞一個、母音あり(十一句)
④上の三音が二音の名詞+助詞(に/は)母音なし(十六句)
⑤上の三音が二音の名詞+助詞(と/な/の/は)(九句)
⑥下の三音中に二音の名詞(五句)
⑦上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞
 (に)母音なし(四句)
⑧上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞
 (に)母音あり(十二句)
⑨上の三音が名詞+助詞(の)、下の三音が名詞+助詞(に)
 以外(十三句)
⑩二音の名詞+助詞が二回続く形で、上の三音で助詞(の)
 以外を使用(八句)
⑪三音の名詞かつ母音あり(十四句)
⑫三音以上の名詞かつ母音なし(五句)
⑬名詞入、初句切れ除く、母音なし(十四句)
⑭二音名詞+一音助詞+三音名詞(十一句)
⑮三音名詞+三音名詞(一句)

恐らく、甲号などと同様に、句が増えれば分類を細分化していった結果こうなったのであろう。なお、ここで子規のいう「母音」は、表記上の「あいうえお」のことで、音読上母音化する字は含めていない。

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