2016-08-07

「最初」を探す旅 小林良作『「八月や六日九日十五日」を追う』 平山雄一

「最初」を探す旅
小林良作「八月や六日九日十五日」を追う 

平山雄一


「八月や六日九日十五日」という句をご存知だろうか。日本の現代史にとって重要な三つの日付、広島の原爆忌、長崎の原爆忌、そして終戦日の日にちで構成された一句だ。他にも「八月の六日九日十五日」、「八月は六日九日十五日」などの類句が存在していて、自作としての発表者が数多くいる不思議な一句だ。

この程、結社“鴻”の出版局から出た『「八月や六日九日十五日」を追う』は、この句の最初の発表者を探すという、ミステリー仕立ての一冊だ。

「八月や六日九日十五日」は、ただ日付を並べただけの一句だけに、誰でも作れてしまう。実際、この本の著者・小林良作氏は、所属する結社“鴻”の俳句大会に「八月の六日九日十五日」という句で応募したところ、審査員から「この句はすでに発表されているので受け付けることができない」と連絡が来たので応募を取り消したのだった。

調べてみると「八月は六日九日十五日」という句もあった。「や」「の」「は」という助詞の違いはあっても、ほとんど同じで、伝えたいことも完全に重なっている。小林氏は単純に「誰がいちばん先にこの句を作ったのだろう」という探究心に突き動かされて、“俳句探偵”と化し調査の旅に出るのだった。

ネットで調べ、新聞社に問い合わせ、次第に真実に近づいていく。大分県にこの句が刻まれた句碑があると聞き、足を運ぶ。特攻隊基地の跡地を整備した公園にずらりと並ぶ72基の句碑の先頭に、この句が刻まれているのを発見する。そしてこの本の結末では、最初にこの句を世に発表したと思われる人物を特定するに至る。その人物は三つの日付すべてに関わりを持つ方で、ドラマティックな展開は、まさに「事実は小説より奇なり」。こんなに真に迫って、しかも温かい結末が待っているとは……。

小林氏はこの俳句探偵レポートを、結社誌「鴻」に今年の1月から5月に連載という形で発表。大評判となって、「鴻」の記念事業として1冊にまとめることになった。実際、この連載は面白かった。僕も「鴻」誌にコラムを連載しているので、その縁もあってこの本の制作を手伝った。

一月号で大方の連載意図を説明した良作氏は、二月号で多くの作例や批評を当たってみる。その上で小川軽舟氏の「この句は作者が多いなと感心した」という言葉に触れて、その懐の深さに好感を持ったという。それは同時に良作氏の懐の深さをも表わしていて、失礼ながら氏は凄い書き手だと僕は新たな興味を掻き立てられた。

三月号では氏の行動力に目を見張った。手がかりのありそうな大分県に出向き、資料を片っ端から漁る。資料の読み込みが非常に正確であると同時に、取材対象者に敬意をもって接し、相手が胸襟を開き、良作氏の熱意に応えようとするところに感動した。ここまでくれば先行句の作者に最終的にたどり着くかどうかは最早問題ではない。そう思っていたら、広島県にいたと思われる“作者”にたどり着く。

白眉は四月号にあった。広島を訪ねた良作氏は、作者の遺族の方々の全面的協力を得る。だが良作氏は述べる。「もとより、本稿の目的は作者の人生を尋ねることではない。(中略)『八月や』の句には作者の人生のどのような一場面が投影されているのか」を考察したいと言うのである。この取材態度は、天晴れと言うしかない。一句を必要以上に作者の人生に重ねることはせず、あくまで作品として扱う。それは情に流されて本質を見失わないようにする“探偵”の本分だ。結果、良作氏は、作品の尊厳を守り通したのだった。

ズラリと並ぶ句碑のカラー写真には迫力があり、装丁も美しい。終戦日に間に合うように上梓したので、是非手に取って欲しい一冊だ。


問い合わせは、「鴻」発行所出版局 FAX 047-366-5110。
住所と部数を書いて申し込み。値段は送料込900円。


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