2016-08-21

ゆうべのエートス 中嶋憲武

ゆうべのエートス

中嶋憲武


雑踏に紛れてしまうと、改めて俺の馬鹿さ加減を思い知らされた。

上手くやったつもりが、全くそうではなかった。店長に叱られるのは、いつもの事だから、まあいいとして、よくはないがこの場合は、まあいいとして、年下のバイト長に注意されたのは、カチンと来た。こんな街じゅう、きらびやかな猥雑さに満ちた、歓喜しているかのような夜によ。やってられない。ビールでも飲みたい気分だ。だが金はない。
 
このままアパートの陰気な六畳に帰るのも、なんだか癪だし、雑踏をなんの当てもなく、黙々と歩いていると、後ろから誰かが「愛田君」と声をかけてきた。

俺に声なんざ、かける奴ぁ、一体誰でい?と声には出さず、振り向くと北村先輩が、高原の白樺林の微風に吹かれてでもいるような風情で立っていた。
「久し振りだねー、愛田君」
「先輩、こんなところでどうしたんすか?」

北村先輩は、中学時代の陸上部の一学年上の先輩で、中学を卒業以来、かれこれ四年ほど会っていなかったが、双方の親同士が小学校からのPTAのつき合いで、ママからそれとなく、先輩がどうしているかは、なんとなく聞いて知っていた。
「軽音でかわいい彼女が出来たとか」
「早耳だな。どうせオフクロが喋ったんだろう」

そう言って、先輩はやや俯いて、前髪をかき上げた。埼玉の片田舎の大学に、とぼとぼ通っている俺なんかとは違って、先輩は山手線の田町駅で降りて、すたすた歩いた先の大学に通っている。言葉使いや身のこなしに、ソフィスティケイトされたものを感じる。
「今夜はなんで新宿くんだりまで?」
「妹がもうすぐ誕生日なんで、プレゼント探し」

万里子か。デブでブスの妹がいた。中二の夏に、俺とママと、先輩の一家とで、野尻湖へナウマン象を見物に行った事がある。小学生の万里子は、ぎゃあぎゃあ喚いて、人の心の中まで土足で平気で闖入してくるイモだった。万里子の思い出は、そんなものだった。
「ああ、そうだ。来週の日曜、ウチの教会でバザーをやるから、手伝ってくれると嬉しいんだけどね」

先輩の父上は牧師をしていて、教会を持っている。と言うと、少々語弊があるかもしれない。教会は教団のもので、父上は専従の従業員のようなものだろう。

その、聖ナントカ教会の二階は、共同炊事場、共同トイレ、共同風呂のアパートで、六畳間が四つほど並んでいて、先輩の家は近所なのだが、そのアパートの一室を借りて住んでいるのだとか。酔狂としか思えない。あんないい家を出て、なにも共同炊事共同トイレ共同風呂の六畳などに住むなんて。
「聖ヨハネ教会ね。五丁目の。まあ、よろしくな」

約束をしてしまった。来週の日曜はバイトもなくて、暇だったのだから問題はない筈なのに、むやみに気が重くなってきて、ああ俺は馬鹿だと思った。

人との関わりを持たずに暮らしてゆけたら、どんなに素晴らしい世界になる事か。その一方で、こういう考えが、俺の些細な不幸の元凶になっている事も、よく分かっていた。

週末のバイト先で、主任の松本さんに、「愛田、次の日曜、通しで入ってくんないかなー。特別手当付けるからさー」と声をかけられ、特別手当という言葉に心が動いたが、高原の微風に吹かれて立つ、北村先輩の姿が目に浮かんで、断った。松本さんはデシャップで聞こえよがしに、「使えないなー」「何、考えてっかわかんないねー」などと厨房のなかの料理人に言っていた。俺は無論、松本死ね死ねと呪詛した。

俺の日常は、バイトに行くか、のこのこ講義に出るか、部屋でのっそつとしているかのいずれかだ。今日のようにバイトで、ちょっと厭な事があると、ずるずる何処までも何時までも引き摺ってしまう。ダウナー系の代表、それが俺だ。何をするにしてもかったるい。

曇っている。日曜の朝は早くに目が覚めてしまった。九時に教会に集合する事になっているのだが、まだまだ時間がある。

冷蔵庫から、牛乳とコンビーフ一缶、トマト一個を取り出し、食べかけのリッツクラッカーと交互に齧る。コミックを読む。窓から外を眺める。シャワーを浴びる。ベッドでごろごろする。それでもまだ少し時間があったが、自転車で出かける事にした。

ヨハネ教会へは二十分くらいで着いた。北村先輩はすでに来ていて、数人の人と一緒に準備をしていた。
「おはようございます」
「あ、おはよ。早いね。ありがとう、来てくれて。ぼく、コンサートにも出るんで、忙しいんだ」
「コンサート、出るんすか」
「二十分くらいのをね、二回公演するんだよ。他のメンバーは、まだ来てなくてね」
「何をやるんすか」
「あー、フォーレとかS&G。プログラムある筈だから見といて」フォーレは聞いた事がない。
「俺、何すればいいですか」
そこで俺は、浅沼さんというチーフの人を紹介され、浅沼さんについてバザーの品を並べるのを手伝った。

ヨハネ教会は、門を入って右手に小さな庭があり、その庭へも古本やCD、日用雑貨や生活用品などを売るためのセッティングをするのだという。なんとかお天気持つみたいで、よかったわあと浅沼さんは微笑んだ。微笑むと、目がなくなってしまい、目尻に細かい皺が目立った。

バザーは午前十時半から午後二時までで、コンサートは十一時と一時の二回ある。十時半近くになると、教会の中も外も人が集まり始めた。俺は浅沼さんに並んで、建物の中でリサイクル衣料を売る係になった。

衣料を種類ごとに畳んだりしていると、「俊一君じゃないの?」と声をかけられた。声の主を見ると、すらっとした美形の少女が立っていた。おそらく高校生だろう。俺にこんな女の子が、声をかけてくる筋合いはない。人違いだろうと思って、どちら様ですかと聞くと、「やだー、マリコよー」と言う。マリコ?万里子?あのブーデでスーブの?
「万里子かー」
「マリコー。マリコJKになったんだよー」
「俺、KY」と返すと、顔に似合わず、ぎゃははははと笑った。

万里子は、兄と演奏するためにやって来たのだった。十一時からのコンサートのメンバーは、先輩と、先輩の彼女の早瀬凛と万里子の三人だった。

一曲めは先輩がリコーダーを吹き、早瀬さんがリードオルガンを弾いた。ゆっくりとしたテンポの、気分が安らぐような曲だった。プログラムを見ると、ハインリヒ・イザークの「インスブルックよさようなら」という曲だった。

二曲めも先輩のリコーダーと、早瀬さんのオルガンだったが、これに万里子が歌で参加した。一曲めと同じようなゆっくりとしたテンポの、たちどころに浄化されてゆくような曲だったが、万里子のフランス語のソプラノの歌唱が素晴らしく、うっとりと聞き惚れてしまった。これは、フォーレの「ラシーヌ讃歌」だと知った。

「みなさま、いらっしゃいませ。今の曲は本当は合唱曲で、壮大な感じに盛り上がって行くんですけど、こじんまりと演ってみると、また別の味わいが出たかと思います」

万里子のMCの間に、先輩はクラシックギターを持ち、早瀬さんはピアノへと移った。

三曲めは、これまでと打って変わった軽快な曲だった。プログラムを見ると、一九三七年の「オーケストラの少女」というアメリカ映画の中からの曲で、「太陽の雨が降る」。この曲の万里子の歌唱も見事だった。「イッツレイニングサーンビーム」と歌う高音の伸びのよさにドキドキした。

四曲めは、万里子と、ギターを弾きながらの先輩のデュエットで、サイモンとガーファンクルの「59番街橋の歌」。フィーリンググルーヴィーという歌詞が印象的な短い曲。

最後の五曲めは、万里子が、一緒に歌って下さいと言い、歌詞を先導して「花はどこへいった」を会場のみんなで歌った。

コンサートが終って、やや興奮気味の俺は、ドリンクを飲んでいる三人へ近づき、よかったですよと声をかけた。俺としてはこういう行動は滅多にない。自分でも不思議に思いながら声をかけた。知らない俺が俺を見ていた。

三人と演奏した曲について喋っていると、俺の持ち場の衣料売場の方で、大きな声がした。浅沼さんと見知らぬ青年が、何か言い争っている。言い争っているというより、青年が一方的に意味不明の事をまくし立てていた。
「あー、肥田さんだよ」北村先輩が舌打ちした。
「あの人、ぼくの隣室の人なんだけど、ちょっと電波系の人なんだなー」シニカルな目つきをして、先輩は肥田青年を見ていた。
「モーソーヒガイでしょー」万里子がこそっと言うと、早瀬さんがやんわりと、被害妄想ね、と訂正した。
「凛が部屋に来た時なんか、今まで物音のしていた隣りが急に静かになって、こっちにじっと集中してる気配があったもんな」
「やめてよ、恐いよ。思い出すと」

肥田青年の回りに人が集まって、浅沼さんとの間に割って入った中年男性が、肥田青年を静かに諭すと、肥田青年は首を大きく振りながら、部屋を出て行ってしまった。

すっかり部屋から出て行ってしまって、もう戻って来ないのを確かめると、俺は浅沼さんのところへ行った。
「いやー、変な人だったわよ」
「恐いですよね。ああいう人がいると」
「言ってる事が滅茶苦茶だもの」
「この服を俺に着せようとしてるとか言ってましたね」
「そおー。この服を着せて監視しようとしてるなんて言うんだもの」
「北村さんも大変ですね」
「そおー。でも今のところ物騒な事、言ってないからあれだけど。なんであんな人、住まわせているのかしら……」

そういうやり取りを浅沼さんとしている間じゅう、俺も何かの拍子に肥田青年のような状態にならないとも限らないという気がしていた。遺伝的なものは何もない。漠然とした強迫観念のようなものだった。浅沼さんのように、完全にこちら側に立って、相手に非難めいた事を言ったりする事が、口幅ったい事のように思えてならなかった。

二回めの演奏も素晴らしいものだった。予定通り午後二時にはバザーを閉店し、後片付けをして、それぞれ一旦家に帰り、夜七時から駅前の居酒屋で、お疲れさま会が開かれた。万里子は俺の隣りに座って、やたらはしゃいでいたが、昔のように厭だとは思わなかった。むしろ少し誇らしく、嬉しいくらいだった。



窓がうっすらと青い。部屋の中も柔らかな青い光に包まれている。目を覚ますと、午前四時を回ったところだった。妻の万里子は、隣りに寝ていない。あの夜の翌朝も、こんな風なうっすら青みがかった朝だった。あれから長い長い時間が流れた。十年前に万里子は、乳癌で呆気なく逝ってしまった。この季節になると、決まって頭の中にあの時のあの曲が流れる。北村先輩のリコーダー、早瀬さんのゆるやかなリードオルガン、そして万里子のソプラノ……。同時にニスの匂いや、衣料品やコーヒーやヴァニラの匂いなどが蘇ってくる。

俺は、とうに六十を越えて、子供がないので一人きりだ。鳥籠に文鳥のせわしない影。青い世界に涙が零れる。それがこの季節の朝のはじまり。

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