2016-09-04

【八田木枯の一句】曼珠沙華噴き出て天をあわてさす 角谷昌子

【八田木枯の一句】
曼珠沙華噴き出て天をあわてさす

角谷昌子


曼珠沙華噴き出て天をあわてさす  八田木枯

第六句集『鏡騒』(2010年)より。

「曼珠沙華」の茎は、いきなり地下からぬっと地上へ突き出る。細長い蕾は、まるで魔女の赤い爪のようだ。開くと花弁も蘂も反らせて球形になる。その花は、茎のてっぺんに掲げられた妖しい小宇宙となる。虚空に向かって捧げられる、くれないのほむらは、この世の不条理や災禍を嘆き、訴え、怒るようでもある。なにもなかったところから突然「噴き出て」責めるような赤い色を灯すので「天をあわてさす」と作者は捉えた。「天」さえも予期しなかった事態を糾弾する花の勢いなのだ。

このほかにも、木枯は〈犬の息かかりし赤さ曼珠沙華〉〈曼珠沙華曼珠沙華胸閊へたる〉〈曼珠沙華空を流るる鞭の影〉〈曼珠沙華傷口に美は極まれる〉〈曼珠沙華溢るるや我転倒す〉〈曼珠沙華しもとは天をしゆるりしゆるり〉〈牛去つてどつと日暮れぬ曼珠沙華〉などと作っている。「の影」や「しもとは天を」などからは、やはり「責める」意識が働いているように思える。

「曼珠沙華」とはサンスクリット語の音による。仏教では天上に開く花との意があり、見る者の悪行を清浄にするという。『大和本草』によると、「夏月花を生して葉死(か)る、花葉相衛らず、此花下品也、其葉石韮(しびとばな)に似たり一類也、此花を国俗曼珠沙華と云……」と記される。この世に在る者が生前に積んだ功徳によって九品を上中下に分けて、下位のものを「下品(げぼん)」とするが、曼珠沙華は「下品」だという。日本では彼岸花、天蓋花、ほかにもこの世離れした不吉なイメージがあるので、幽霊花、死人花、捨子花、狐花などとも呼ばれる。花と葉を同時につけない様子や毒がある植物という冥さが、このような名前を連想させるのだ。

日本では飢饉のときの緊急食料とし、水によく晒して食べたという。その名残で、かつては田んぼの畔でよく見かけた。もう二十年ほど前のことだが、奈良の明日香村の稲田が実るころ、曼珠沙華が見事な赤を添えていた風景に出会ったことがある。黄金色と赤の色の対比が今でも鮮やかによみがえる。

日本の庭で、園芸種として植えるのは一般的に避けられるようだが、英語では、cluster amaryllis と呼ばれ、美しい植物として観賞される。洋の東西を問わず、好悪の感情はその人によって大きく違ってくるだろう。

木枯の師、山口誓子は「曼珠沙華」を好んでたくさん作っている。例句を挙げると、〈遥けくて眼路暗くなる曼珠沙華〉〈つきぬけて天上の紺曼珠沙華〉〈海陸の間(あひ)の鉄路の曼珠沙華〉〈曼珠沙華紅を失ふ海は何を〉〈蕊張るは物を云ふなり曼珠沙華〉など70句に至る。『激浪』だけで34句、『遠星』2句、『晩刻』10句である。木枯は誓子が伊勢で療養していた時代の戦中・戦後三部作とも呼べる『激浪』『遠星』『晩刻』の作品から多大な影響を受けている。師に例句が多いので、木枯も同様に曼珠沙華に特別な思いを寄せるようになったのかもしれない。

誓子に師事した橋本多佳子も曼珠沙華が好きだった。群れて咲きながらも、茎をすっと伸ばした孤高の冷たさがある花に惹かれていたに違いない。〈曼珠沙華忌日の入日とどまらず〉〈曼珠沙華けふは旅なる吾にもゆ〉〈曼珠沙華咲けば悲願の如く折る〉〈曼珠沙華からむ蘂より指をぬく〉などと内奥の思いと響かせて作っている。

木枯は多佳子とも深い交流があり、手紙のやり取りがあった。多佳子は木枯という才能のある青年に心情を打ち明けることもあったようだ。木枯の句〈曼珠沙華曼珠沙華胸閊へたる〉〈曼珠沙華傷口に美は極まれる〉とともに「天をあわてさす」が多佳子の言葉に動揺する木枯の心情を仮託した表現ではなかったか、などと少々艶のあることを空想するのも、ちょっと楽しい。


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