2016-11-06

リアルでガチな学生俳句の世界 樫本由貴×小鳥遊栄樹×川村貴子×堀下翔

リアルでガチな学生俳句の世界 

樫本由貴×小鳥遊栄樹×川村貴子×堀下翔


座談会は二〇一六年一〇月一六日、Skypeのチャット機能を利用して収録された。

堀下:では改めまして、そろそろ始めたいと思います。今日は朝早くから集合してくださりありがとうございます。「週刊俳句」で学生特集をやらせてもらえるということで、僕が各地の学生に原稿依頼をしているところですが、この座談会はその企画のひとつです。各地方で書いている学生であつまって、近況を交流したりなんだりしたいと思います。

樫本:じゃあ私から自己紹介を。樫本由貴といいます。一九九四年生まれ、広島市在住。広島大学三年生です。所属結社は「小熊座」。今年の二月から書かせていただいています。俳句を始めたきっかけは高校二年生の時、第十四回俳句甲子園に出場するためでした。あと、広島大学俳句研究会の代表です! よろしくお願いします。

小鳥遊:小鳥遊栄樹です。一九九五年生まれ、沖縄県出身、現在は大阪府で通信制の大学に籍を置きつつフリーターをしています。「里」と「群青」、それから関西学生俳句会「ふらここ」に所属しています。高校三年生の時に俳句甲子園の人数合わせに誘われたのが俳句を始めるきっかけでした。よろしくお願いします。

川村:川村貴子といいます。一九九七年生まれ、高知県出身、高知大学二年です。俳誌「蝶」の同人をしています。高校一年生のときに、俳句をしていた同級生の宮﨑玲奈(現:宮﨑莉々香)さんから、俳句甲子園に出ないかと誘われて、俳句を始めました。大学に入ってからは、四万十で「かっぱ句会」を立ち上げました。よろしくお願いします。

堀下:面識のある方もない方もおられますが、せっかくなのでここで仲良くなっていってください(笑)で、司会は堀下翔です。一九九五年生まれで筑波大学の三年生です。やっぱり僕も俳句甲子園組で、高校時代に小鳥遊さんとは会っています。高校二年生のときに「里」に入って、そのあと「群青」が三年生の時に出来たので、安里琉太に誘われて入りました。大学のサークルとしては東大俳句会に顔をだしていまして、でも茨城で句会をやりたいと思い、玉城涼と一緒に筑波大学俳句会を立ち上げて、なんとか月例会を続けられるくらいでやっています。

○どうして俳句を続けているか

堀下:みなさんとりあえずは俳句甲子園が出発だと思いますが、当時のこと、出場のきっかけ、なぜ今も続けているかなども含めて思い出話をおねがいします。

樫本:げ~十七歳のころとか。もう六年くらい前のことですかね、東日本大震災の年だったはずです。それで、俳句甲子園の地方予選が投句審査だけになったので、チャンスとばかりに出場を決めたわけです。その前年から顧問だった恩師がずっと俳句甲子園出場させてきていた先生だったので。なぜ今も続けているかって言ったらその時の不完全燃焼が続いてるからだと思います。NHKの取材が私の高校、というか私に密着したんですよ。震災の年に、ヒロシマにすんで、初出場の女子高生、はとてもいい被写体ですから。

堀下:NHKは毎年数名の高校生に密着取材しますね。

樫本:私の時は原爆俳句や震災句を要求されましたが結局作れず、同級生だった部長に迷惑をかけました。そのときから「要求されている原爆俳句」と「書きたい原爆俳句」の齟齬と自分の持ってる力の及ばなさが引っかかっていて(というとかっこいいけど悔しかっただけです。大人に言われるままのものを書くうすら寒さとか)今も続けてます。青いな~~~~~(笑)

堀下:そんな事情だったとは知りませんでした。そんな話、普段しないでしょう。

樫本:ダサいからね。こういうものすごく社会的な動機でものを書いてる人を見たら引きませんか?

川村: 私は普段、社会的な俳句をほとんど作りませんが、高知の句会でも八月になるとよく戦争の句を見かけます。原爆を知らない世代が、体験した世代から受け継ぐ文化の意味は大きいと思います。

小鳥遊:「要求されてる俳句」と「自分の詠みたい俳句」が違うって共感できるところがあります。僕も社会的な俳句はほとんど詠みませんが引いたりとか別にそういうのはないですね。

樫本:わ~よかった。

堀下:「小熊座」読みましたよ。〈ひろびろと泉のほとり原爆以後〉(二〇一六・八)。

樫本:予習されてて怖い……。

堀下:じゃあ小鳥遊さんのお話を伺いましょうか。

小鳥遊:僕の場合は、震災で俳句甲子園の地方予選が投句だけになった年に先輩方が上がれずにそのまま引退しまして。部員が三人になったところを小学校から一緒だった部長に「愛媛に行けば蛇口からポンジュースが飲める」と誘われて俳句を始めました。松山のタクシーの運転手に聞いたら、そんなことはないと言われたのを覚えています。夢が砕け散りました。高校生の頃は俳句甲子園OBの本木隼人さんに俳句を教わっていました。

樫本:きっかけ自体はよくあるパターンのやつですね。蛇口から……ではありませんが、ポンジュースが飲み放題というのは私も当時言われました。

川村:私も俳句甲子園でたら飲み放題だと言って友達を誘った記憶があります。

小鳥遊:何故今も続けているかというと、やめるほどでもなかったっていうのが一番しっくりきますね。僕の場合は進学で関西に出てきて「ふらここ」に入ったので、続ける場がないとかであまり悩まずに自然に俳句を続けられました。

樫本:やめるほどでもなかった、というのは私も同感です。続ける場があるのは関西のいいところですね。広島は結構苦労しています。

川村:私の場合は、高校時代お世話になった俳人の皆さんに支えられてなんとか続けています。小鳥遊さんのように、場所を移っても俳句に関わり続けるのはすごいことだなと思います。

樫本:えーきさん、私の中では関西に出てからも俳句一筋って感じ。ふつうはわき目とか浮気とか、他に興味が出てきちゃいそうですが。

小鳥遊:浮気というかなんというか、神戸大学短歌会に所属して短歌も少しだけ齧っていたりします。

堀下:川村さんは俳句甲子園に出たあと地元の「蝶」で続けてますよね。「蝶」に入った経緯などはどうなんでしょう。

川村:高校時代に指導してくださった味元昭次先生が「蝶」の代表で、同人になる前から何度か俳句を掲載していただいていました。大学に入ってすぐに、先生に入らないかとお誘いを受け、そのまま入らせていただいたという感じです。

堀下:自然な流れだったんですね。結社の定例句会とかには行ってるんですか。

川村:年に一度の大会には参加させていただいています。あとは、味元主宰の、月に一度開かれる兎鹿野(とがの)句会に参加しています。

堀下:なるほど。樫本さんは「小熊座」ですけれど、小熊座って宮城の結社じゃないですか。なんでまた広島の人が入ったんですか。

樫本:俳句甲子園や全国高校生文芸コンクールで高野ムツオの存在は知ってました。『萬の翅』が出て、「車にも仰臥という死春の月」をみて、高野ムツオという人間ほど土地と土地にかかる圧倒的なイメージを考え続ける人はいないだろうなと思って。去年の十月に夏井いつきの俳句のイベントが松山であった時にお会いして、ぜひともとご挨拶しました。あとこれは裏の理由第一位ですが顔が好みです。

小鳥遊:裏の理由(笑)

樫本: 大事ですよwww 自分で選んで入ったので、句会とかにはいけませんがよかったと思っています。今の「小熊座」ほど震災句を書き続けている雑誌はないですから。

小鳥遊:僕は十八歳の時に、毎年一月に行われる「里」の寒稽古に参加して、その時に「里」にも「群青」にも所属されている櫂未知子さんと仲寒蝉さんにお誘いを受けて入会することにしました。

堀下:あ、同時入会だったんですね。「里」は関西の句会多いですが、通ってますか。

小鳥遊:関西で開かれている月例の句会は三つですが、アルバイトが休みのタイミングでしか参加できていません……。なかなか土日に休みがとりづらく……悔しい……。

○平成九年度俳句会とは?

樫本:これからの学生界隈は「平成九年度俳句会」のメンバーがどうするかだと思うけどね。

堀下:でた、「平成九年度俳句会」。

樫本:出さないとダメでしょwww

小鳥遊:めちゃくちゃおもろいのに外部に全然出回らないからなぁ……。もったいない。

堀下:浪人生の上川拓真や早稲田の青山ゆりえあたりが全国の同年度生まれに声を掛けて作った集団で、季刊で会誌を出していますが、閲覧を会員に限定した同人誌ということで、外部の人に全く行き渡らず、知る人ぞ知る、という感じになっています。

小鳥遊:もったいない。

樫本:「平成九年度俳句会」は年始にまとめ号が出るらしくて、それは外部も購入可能なようです。ここの功績は地方に散らばった学生をほぼ網羅しているところだと思います。若手が多いと言われてる「里」や「群青」でもまだ地域には偏りがあります。「どこに誰がいるの?!」という、黒岩徳将一人だけが解決しようと奮闘してきた大問題(堀下註:「いつき組」の黒岩は高校生・大学生の動向にやたら詳しい)をアッサリ……SNS世代を感じます。ダメなところは何やってるかわからないところ。

川村:最近Twitterで存在を知りましたが、確かに部外者からすると活動内容は見えてこないですね。

堀下:会員制でやるならそれでいいと思うんですが、出し惜しみする割にTwitterで「締め切りだ~」とか「入稿しました」とか盛り上がってるので外野がウズウズするんです。

小鳥遊:今までの学生俳人って、結社や同人誌、進学先、例えば広島なら広島大学俳句研究会、関西なら関西俳句会「ふらここ」、沖縄なら琉球大学俳句研究会「a la carte」、関東なら各大学の俳句会にそのまま入会するのが普通だったと思うんですが、H9俳句会って同期で集まって立ち上げた会だから、直接会って句会するのは難しいかもしれないけど、全国にいる自分と同年代の俳人の俳句が読めるんですよね。それってすごい大きいことだと思うし、なんなら僕の代にも欲しいくらい。

樫本:新しい集まり方を提供したのは革新的だと思いますよ。

堀下:気安い仲間の中で年に四回も会誌を出すとなると、内部で充足して、他のコミュニティとの交流に興味が向かないのでは、という気はします。

樫本:編集長(青山ゆりえ)は外に出したいみたいだもんね。広島大にも「平成九年度俳句会」の子がいるのでいろんな情報教えてくれます。載せられる人の俳句だけでも公式Twitterアカウントでちょっと出せばいいのにね。

堀下:中の人に聞いてみると、なかなか足並みがそろわないそうです。

樫本:人数いるとそういう問題が起きるんだよねえ。

堀下:新人賞に出したいから作品は未発表にしておきたいけど、こういう集まりには協力したい、そういう声があって「外部には見せない紙媒体」というちょっと珍しい形になったとか。新人賞に出そうという人が何を甘ったれたことを言っているのかと思いましたが。

小鳥遊:多作多捨や。

樫本:多作多捨俳人こわ……。全学年が分かる機関紙みたいなのもあるといいですね。

堀下:短歌の方だと合同合宿が機能していて、年に二回くらい、学生が学年を問わず結集しているみたいですね。俳句にも合宿とか年刊の会誌みたいなのがあると面白そうです。

○かっぱ句会

堀下:川村さんがやっておられる「かっぱ句会」のお話を伺いたいです。

川村:兎鹿野句会では、俳句だけではなく、昭和を生き抜いてこられた七〇、八〇代の方々からたくさんのことを教わります。こういう世代間コミュニケーションがもっと多くのシニアや若者の間で活発になれば、地域で生きる人たちの心がより豊かになるんじゃないか、そういう活動をしてみたいと、大学入学後より漠然と考えてはいました。 今年八月、四万十町にある海洋堂・かっぱ館の隣に、かっぱ館の宮脇館長が、茅葺屋根の古民家を造られました。宮脇館長に、その古民家で世代間交流を行える句会を開催したいと相談したところ、ご快諾いただき、俳句の先生や海洋堂のスタッフの方々にもご協力いただきながら、九月二十五日に三十三人が参加するかっぱ句会を実施することができました。このかっぱ句会を実施して、小学生から八十八歳までの世代の人たちが揃って俳句を楽しみながら交流ができると実感できました。

樫本:館長の方とはもともとお知り合いだったんですか?

川村:館長とは、母が仕事で付き合いがあって、紹介してもらいました。

樫本:なるほど。

川村:今回のやり方で継続するだけでは参加者が熟練の俳人に偏っていくかもとも感じています。NHKの学生俳句チャンピオンのようにエンターテイメント性なども取り入れて、俳句に興味のない若い人たちでも興味を持ってくれるような仕掛けが必要だという気もしますが、そうすると今後はシニアの参加が厳しくなる。そのあたりのバランスを考えつつ、今後、大学で協力者を募りながら、高知だからこそできる新しい俳句交流のスタイルを模索している段階です。

樫本:地域での自分の役割は私も思うところがあります 世代間の交流なんか特に。原爆体験の継承の問題がありますから……。広島で一番長く続いていた「火皿」という詩の雑誌に入っていたのですが、世代間の「原爆体験」にはもちろん齟齬があって、その中で私の詩や俳句は、若手が原爆体験を書いたという事実、あるいは「原爆」という文字が入っていること、それだけで評価されてしまうんですよね。地域活性化のための句座と、詩歌のレベルアップの場を両立させていくのは難しい問題だなあと痛感しています。川村さんとしては今後何を一番にかっぱ句会やりたいですか。

川村:そうですね。まずは、俳句に興味がない若い人たちに俳句に触れてもらう場としてかっぱ句会を行いたいと思っています。

樫本:一人で大勢のおじいちゃんおばあちゃんの期待の目にさらされるのはしんどいものがありますからね(笑)

川村:高知は、昔は文芸が盛んだったのですが、今は漫画やサブカルチャー寄りになってしまっています。若い人が俳句、あるいは文学というジャンルを前にしたとき、とても敬遠している気がします。なので、フィギュアを取り扱う海洋堂と協力したのは若手をターゲットとしたときに大きい意味を持つと考えています。

樫本:そうか、海洋堂ってフィギュアの!

川村:今回のかっぱ句会でも、参加賞に岡本太郎のフィギュア、特選句と高得点句にレアフィギュアを館長がご用意くださっていて、とても反響がありました。

樫本:カルチャー教室になっていきそう。でも地方はそういうのからスタートしてまず人口増やさないと話になりませんもんね。「火皿」も歴史ある詩誌でしたが高齢化で今年廃刊します。

川村:理想は、一方的なカルチャー教室というよりはサブカルな句を作る若者と伝統的な句を創るシニアの間の対等な交流の場を作ろうと思っています。

堀下:小鳥遊さんのいる関西はそういった若手の不在はなさそうですが、逆に年配層との交流はどれくらいあるのでしょうか。

小鳥遊:「ふらここ」の場合はほとんど学生や若手だけで句会をしていますね。関西現代俳句協会や「里」などの句会に行くと年配層と交流がありますが。

堀下:「ふらここ」の定例句会ですと学生はどれくらい集まりますか。

小鳥遊: 多い時で八・九人くらいかなぁ……。定例会以外だと、僕や黒岩さんは関西の結社句会に参加しています。「青垣」、「南風」、「秋草」、「船団」など、バイトの休みに合わせて。黒岩さんはこれプラス「街」(関東)と「火星」かな。

樫本: ひえ~さすが。私はメール句会が精いっぱいで(笑)

小鳥遊: あとは毎月第一土曜に「銀化」の小池康生さんが主催されている枚岡句会にも参加させていただいてます。 関西・関東はほんとに句会がたくさんありますね。沖縄では考えられないです。

堀下:だんだん地方の様子が見えてきました(笑) ちなみに東京は東大と早稲田がインカレで学生を吸収している他、現代俳句協会の勉強会や本の出版記念イベントなど、句会以外の集まりも多いです。

川村:いいですね……。

堀下:一方、そうした距離を超えて、いまはSNSがありますし、俳句甲子園の手伝いや「学生俳句チャンピオン」の収録など、大人数が集結するイベントも多くて、地方を問わない同世代意識みたいなものもあるんじゃないかと思うんですが、その辺どうですか。

樫本:私の同世代(平成六年度)は平井湊、宇野究、小鳥遊栄樹、工藤玲音と力のある学生がいます イベントがなかったら出会いませんでしたし、SNSで彼らの活動がより目に見える形になりました。

小鳥遊:SNSでのつながりが年々濃くなっているように感じます。俳句甲子園に観戦に行けばオフ会みたいなことになったりもします。インターネット上で簡単に句合わせや句会ができたりするのもとてもいいと思いますが、マナーやモラルが若干心配なところもちらほら……。

樫本:ネットマナーについて同感です。私も時々参加してしまいますが、若手はTwitterで論議をしがちですよね。

堀下:このあいだは「週刊俳句」コメント欄からBL俳句に対する問題提起が起って、それがTwitterに飛び火しましたが、そもそもが「週刊俳句」の記事から始まった話だと知らないで論争に参加していた人を数名見かけました。

川村:今、IoTが一般化していますが、その技術で今日のような座談会も実現しています。全てのものがどこにいても誰とでもつながる時代。そういう考え、技術が俳句の新たな世界でも活かされるべきだと思っています。言うなれば、オープンカルチャー?(笑) 玄人も初心者も同じネットワーク内でつながることで新しいものを生み出していく、それが地域の力にもなればと思っています。

堀下:あ、そうですね、ネットの便利さを享受しているのは若い人だけではないですね。

小鳥遊:最近では句会でご一緒する年配の方々ともTwitterでつながれるし。

○気になる学生は

樫本:座談会はこの四人ですが、みなさんの気になってる学生を知りたいですね。

小鳥遊:そうですね、今年ふらここに入会した名古屋高校OBの柴田健くん、松山西OGの大瀬戸絢子さん、あとは徳山OGの野名紅里・美咲姉妹あたりが面白いかなと思ってます。全員「平成九年度俳句会」に在籍していて、ええと、どうしよう、句の引用ができない……(笑)

樫本:関係者見てるか! これだよ! これ!

堀下:だからH9はさっさと本出せって……。

小鳥遊:もう少し僕たちに近い学年のところでいえば愛大俳句会の羽倉拓摩くんとか脇坂拓海くんとかも面白い俳句を詠むと思います。あと一押しは京都の淺津大雅。

樫本:愛大は外せませんね、たしかに。脇坂くんは句が面白い。九州には森優希乃と山崎七海がいます。山崎七海はぱっとでてきてパッと消えるんですよ。このあいだ関西現代俳句協会青年部のホームページに出していた「羽もたぬ背」(http://www.kangempai.jp/seinenbu/haiku/2016/08yamazaki.html)とかね。作品だけ出して(笑)

川村:森優希乃さんは、俳句甲子園の同じ時期に出場して以来、とても気になっています。〈鰐の背にたまつてをりし冬の水〉(第十六回神奈川大学全国高校生俳句大賞)は衝撃的でしたね。また彼女の鋭い観察眼の句が読みたいです。

堀下:和歌山の辻本鷹之はしばらく名前を見ませんでしたが、今年に入ってまた「銀化」に出しているようです。〈天球にさくらのはじめをはりかな〉(「銀化」二〇一六・七)。

小鳥遊:辻本君は学校が忙しそうだもんね…

堀下:同じく「銀化」の学生では永山智郎がこのあいだ巻頭をとったりしていて外せません。これはその時の句ではないんですが、〈流れざる星空に春尽きにけり〉(「銀化」二〇一六・七)という近作が好きで、よく口ずさんでいます。この他、東京では「狩」の川島ひろの〈蟬時雨父の書斎に本を借り〉(二〇一六・十)や「海程」の六本木いつき〈噴水よ僕は子どもでオオカミで〉(二〇一六・十)も好きです。

樫本:「海程」にも若手が……。

堀下:「海程」には、もう大学は卒業しちゃいましたけど早稲田俳研の伝説的なOB高田獄舎もいます。〈貧乏は巨大な島のごとく 夏〉(二〇一六・十)。この人も少し前に巻頭を取っていました。

小鳥遊::獄舎さんはネットプリント「東京愚輪」がすごかったですね。沖縄は浦添OGの西原ゆうきさん、首里OGの福村みなみさんなどが頑張っています。二人とも沖縄国際大学の俳句サークルに所属しています。あとは浦添OBの吉田たくまが、沖縄で高校を卒業しても俳句を続けてる人たちを集めて同人誌のようなものを作りたいと言っていて、ちょっと期待しています。

堀下:「樹氷」の工藤玲音は学生ながらファンも付くくらいに注目されています。

川村:私も玲音さんのファンの一人です(笑) ツイッターでは私生活の一部のように短歌や俳句も呟かれていますから、こちら側が文芸を文芸と構えることなく読めるところが素敵です。

樫本:俳句というもののイメージを一新する存在だと思います。現代的で、あかるく、コミュニケーション力があって、どんな人にも「俳句」っていう文芸ジャンルを広められるキャラクターを持ってる。

小鳥遊:お会いしたことはないんですが、周りの先輩も同期も後輩もいい人だって言ってるし、俳句も短歌も面白いと思います。個人的にはツイッターがキラキラしすぎてて勝手に苦手意識を持っていますが……(ごめんなさい)。

堀下:平井湊と〈港は雨〉というネットプリントを出していましたが、俳句が載っていなかったので賛否両論を呼びました。総合誌や新聞の露出度でいうと学生トップなんですが、「樹氷」(隔月)の方を見ると欠詠ばかりなので「俳句を読ませてくれ~」と思っています。

樫本:「スピカ」の連載は読みましたか? 本人にも自覚があるようですが、〈芍薬は号泣をするやうに散る〉(二〇一六・六・一)のように比喩表現の一手に頼りがちで、気になりました。それは短歌にも現れてます。〈いちご縦に切った断面ぬれていてちいさな炎の模様 せつない〉(ネットプリント「ひかりに満ちる生米」)。

小鳥遊:今座談会の傍らで連載を読んでいて〈比喩に飽きここにゆらせばゆれるゼリー〉(二〇一六・六・一四)に行き当たりました。個人的には〈受話器から耳に降る東京の梅雨〉(二〇一六・六・一八)が一番好きかな。

川村:確かに比喩表現の句が多い印象はありますね。でも、〈春風みたいにしますねと美容師笑ふ〉(「週刊俳句」二〇一六・四・一七)、〈ライバルに会ひ夏風邪を移された〉(「スピカ」二〇一六・六・四)……こういった生活を切り取った句は、十七音を短歌の流れるような心地よさで彼女の世界観にしていてとても好きです。

樫本::彼女の句から、はずっと神野紗希と似ている印象を受けます。神野紗希〈書き置きのメモが落ち葉の光り方〉〈はつなつの音符のような寝癖かな〉(「俳句あるふぁ」二〇一六・四-五)と工藤玲音〈あぢさゐや忘却は巨大なひかり〉(「スピカ」二〇一六・六・.二四)、それから神野紗希〈咲きたてのポピーしわしわ風の中〉(同前)と工藤玲音〈島民を乗せて彼岸の船つやつや〉(「週刊俳句」二〇一六・四・一七)。うまく言えないんだけど、神野紗希が示した表現や感性の領域を越えられてないような……。

堀下:面白い指摘です。こういうふうに同世代で批評しあいたいですね。アクセスしやすい作品が増えると批評も成り立ってきます。このあいだは大塚凱も総合誌に出ていました。

○最近の興味

堀下:これまで同世代の話をしてきましたが、目を移して、上の世代ではどんな人に興味がありますか。最近読んだ句集とか……。

川村:最近だと藺草慶子さんの『櫻翳』です。まず、印象強かったのがこの二句。〈いづこへもいのちつらなる冬泉〉〈一対のものみないとし冬籠〉……泉は命の源を湧き出し続けます。命があちこちで動き回る季節には見過ごしてしまいますが、厳冬、命の動きが止まった時に、その存在に気付く。そして泉は命が爆発する春に備えて、冬の間も沸き続ける。この一句の完成度の高さに感動しました。後者の句、一対のものはどことなく安心感があります。耳、目、手足など。温かな土の中で様々な生き物が一対の体の部位を慈しむように折りたたみ春を待つ景が愛おしく見えてきます。

堀下:実は僕も最近の句集では『櫻翳』(二〇一五)にいちばん驚きました。

川村:前述の二句は前向きな句のイメージがありますが、次の二句には美しさの後ろにある闇に心が惹きつけられました。〈その翳の匂ひなりけり藤の花〉〈白靴や奈落といふは風の音〉。藤の翳が匂うとは! サラサラと揺れる藤の花房の一つ一つが、六条の御息所のような女性を想像させて、翳の香りに絡み取られる様な感覚に落ち入ります。後者、白靴、と言われて自分の足元を見る。すると、目下には真っ暗な奈落があって風だけがそよいでいる。一瞬で景が浮かぶと同時に、得体の知れない闇に対峙したような気持ちになりました。

堀下:日本の古典美を思わせたり、伝統俳句の上質な写生句を思わせたり、かと思えば川村さんが初めに挙げた二句のように、抽象性が高かったり、いろんな句が入っている句集だと思います。

川村:ライトな句もありますね。〈着ぶくれて監視カメラの街歩く〉。たくさん着込んで、その内側に良からぬものや気持ちを隠し置く。そうして、いつでもどこでも見張っている監視カメラに挑むようにして歩く。句から見える作者の悪戯心が他の句とはテイストが違っていて新鮮でした。〈沈まむとしてまろまろと海月の子〉は、「まろまろ」ってオノマトペ、良くないですか! 海月の子が一生懸命沈もうとする姿がとってもキュート。

樫本:私は池田澄子の『思ってます』(二〇一六)ですね。もともと、作者の伸びやかで時折ドキッとするような指摘のある句風は大好きだったので。例えば〈アマリリスあしたあたしは雨でも行く〉〈水羊羹そちらむかぬはNO!ってこと〉なんかは、ぱっと目を引きます。少女らしさを存分に、表現に挑戦するという意味でも、無邪気で何物も恐れまいとするまなざしを感じます。「泣くときの唇伸びて月夜かな」「春昼の鯉の機嫌の泥けむり」「口のなか涼しく欠伸はじまりぬ」などの句は、発見と季語の調和が優しい。一句目の「伸びて」の観察の確かさ。二句目の「機嫌の泥けむり」の「の」は普通だったら「や」にしちゃうかもしれないんだけど実際か本当に「の」が正しいですよね。三句目はひらがなの配置のうまさ。たまらないです」

川村:アマリリスの句、アマリリス・あした・あたし・雨という連続したア音が意図的に、でもいやらしくなく入っていることで、無邪気な少女が見えてきて良いなーと思います。

堀下:池田さんが言葉の細部にどういう気の遣い方をしているのかよく分かる句集になっていました。

樫本:〈春寒の灯を消す思ってます思ってます〉や〈缶詰の鯖の辛抱あすは秋〉などは震災詠でしょうか、でもそれ以外の文脈でも立ち上がります。後者、貧困にあえぐ現代の若者の感じを受けました。こんなふうにどのような文脈ででも成立するよさ。何というか、救われますね。

小鳥遊:僕は藤井あかりさんの『封緘』(二〇一五)です。

堀下:ああ、『封緘』もよかった。

小鳥遊:肩に力の入っていない、ゆったりした作風が読んでいて心地よかったです。〈自転車の人くぐり来し桐一葉〉〈坂の上に秋夕焼の始まりぬ〉秋の章の冒頭の二句ですが、言っていることはほんとになんでもないんですよね。自転車に乗った人が桐一葉をくぐっている景や、坂の上から見える秋夕焼、どれも自然な景で難しいことは言ってないんですよね。でも句にゆとり、想像する余地がたくさん残っていて。

堀下:藤井さんは独特の余白の取り方をしますよね。

小鳥遊:勝手な想像なんですが、一句目の自転車は多分銀色のママチャリで籠に鞄が乗っていたりして。二句目は部活帰りの少年たちが坂の上に見える秋夕焼に向かって帰っていくような感じ。想像する余地がたくさんある句って、読んでいて楽しいですね。比喩の句も面白いんですよ。〈蝶々のつぐなふごとし草の花〉〈彫るごとく柿剝いてゐる漢かな〉。一句目、草の花から草の花をよろよろと飛び移る蝶、蝶が花へ俯きがちに留まる様子は言われてみれば確かに償っているように見えますよね。二句目、黙々と柿を剝いている漢を、彫ると言うことで、なんでもない柿を剥いている様子に臨場感や緊張感、漢の真剣な顔までが見えてくるように感じます。前述の二句は広くふんわり景が見えてくるような句、この二句は句材に焦点が絞られてはっきり景が見えてくるような句に感じます。

堀下:なるほど。みなさんの関心が分かって興味深いです。ここで言い尽くせなかった分はそのうちSkypeで読書会を開いて消化しましょう(笑) 本日は長時間にわたってありがとうございました。

2 コメント:

Yushi Sugihara さんのコメント...

面白い特集、座談会でした。

学生俳句出身者の一人として学生俳句=俳句甲子園OB/OGの図式の現状はちょっと寂しいですね。
色々な俳句との出会いがあるはずなので。

ゆりえ青山 さんのコメント...

平成九年度俳句会の青山です。
当団体のこと取り上げていただき、ありがとうございます。

私的なことですが、俳句に一心に向き合う方の声にみっちり触れる場になかなか出られないので、週刊俳句でこうして座談会企画が読めること、とても嬉しいです。
学生という他に目移りしていい時期をさてどう過ごすか、しっかり悩み抜きたいと思います。