2016-11-06

禽獸拾遺 安里琉太

禽獸拾遺

安里琉太



好きな俳句を五句挙げてそれについて書けとのご用命であるが、好きな俳句はなかなか多く、〆切まで数時間が迫った原稿に目途が立たない。雑多に並べられた本棚を何となく眺めると東浩紀『動物化するポストモダン』があって、そこから著者が「蛇笏」「鷹女」「鳳作」「鷹羽狩行」が並んでいる。一先ず書きださないことにはと思って、今回は動物が詠みこまれた俳句という縛りを設けて、書きだしてみる。「鳳作」は、空想上の生き物であるが、まあ其の辺は言いっこなしである。
百千鳥雌蕊雄蕊を囃すなり 飯田龍太
第十句集『遲速󠄁』(立風書房・一九九一年)に収載されている句である。龍太にとって、これが最後の句集となる。その昔、何かの鼎談で筑紫磐井が〈鳥雲に蛻の殻の乳母車〉〈よろこびの顔が真暗盆の墓〉の句を挙げながら、この句集がとても変な句集であると評していたのを思い出す。誠に同感で、それまでの龍太の端正さと同時に、独自の境地がある。

しかし、私がこの句を初めて読んだのは、小林恭二の『俳句という遊び―句会の空間―』(岩波新書・一九九一年)においてだった。二日目の句会にて、百千鳥がやや浮いて見える感じや少し理が勝ったようなところに批判があったが、この句を採った三橋敏雄が「作ったという感じのする句ではあるね」と述べながら、それらをやんわりと懐柔していたのが印象深い。龍太はそこで、「春の富士沸々と鬱麓より」といった句を同時に出していて、やはり変ではあるが、その変な具合に艶みがある感じもする。「好き」という領域から語れるのは、これ位までかと思うので、これより先について考えるのは次の機会にしたい。

虫鳥のくるしき春を無為 高橋睦郎 
*原文は「無為」に「なにもせず」とルビ――引用者注

これも龍太の句同様『俳句という遊び―句会の空間―』に掲載されている。「春」の題詠で持ち寄られた句であったと思うが、文体の典雅にドスンと腹を突かれた。「春」というとともすれば甘く緩くなりがちな時候の季語に対して、上五中七の措辞に意表を突かれ、涅槃図のなかにいるような気さえする。下五の漢詩を思わされる表現もその世界を押しているようである。

春自体を詠んだ句としては、平井照敏の「「はる」といふことばの春がきてをりぬ」(『石濤』・一九九七年)を思い出す。その句に触発されて、川崎展宏の「冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ」(『秋』・一九九七年)も思い出される。展宏の句は音の仕掛けが、冬と口笛という取り合わせをブラッシュアップしている。一方、照敏の句は「はるといふことば」等でなく「はるといふことば」が大変に鮮烈で、春という概念とそれに伴う認識とを思わされる。照敏の句を思う時、やはり「虫鳥のくるしき春を無為」の重厚な世界に、再度圧倒されるのである。
大き鳥さみだれうををくはへ飛ぶ 田中裕明
第二句集『花閒一壷』(牧羊社・一九八五年)収載。「さみだれうを」に瞠目するほかなかった。「大き鳥」は鳥の大きさを言いながらも、相対的に鳥の飛んでいる五月雨の空間をも思わされる。「さみだれうを」の色や質感が、空間へと流れて同質の色彩になるように思われる。
蛇踏んでひるから木曾は大曇 宇佐美魚目
第三句集『天地存問』(角川書店・一九八〇年)収載。魚目の句で好きな句は、ほかにも「空蝉をのせて銀扇くもりけり」(『崖』・一九五九年)や「棹立ちの馬の高さに氷るもの」(『草心』・一九八九年)、「白昼を能見て過す蓬かな」(『天地存問』・一九八〇年)等多くある。
 
木曾は歌枕で和歌から詠まれているが、現代においても、金子兜太の「木曾のなあ木曾の炭馬並び糞る」(『少年』・一九五五年)、裕明の「二百十日木曾に寝覚といふところ」(『花閒一壷』・一九八五年)等、作例がある。楯英雄「木曽を詠んだ詩歌と地名歌、地名句 : 木曽の観光の基礎的文献」(http://ci.nii.ac.jp/naid/120002771649)にもあるように、木曾歩きは文人が好んで嗜むところである。

俳句を始めた頃、部活の顧問の先生は「大」を付ける添削を好んだ。例えば、「~西日かな」を「~大西日」といったような具合である。安易で緩い「かな」を省き、よりダイナミズムへと句を傾倒させた方が印象として残るという考えだったのかもしれないが、へそ曲がりであった私は、寧ろ「かな」が効果的に働く文体にしてやろうと躍起になった。そういうこともあって、大云々という句はあまり好きではないのだが、「大曇」の灰白色一枚の空は納得させられるのである。
炎天の犬捕り低く唄ひだす  西東三鬼
第三句集『今日』(天狼俳句会・一九五二年)収載。『現代俳句』(角川書店・一九二一年)で、山本健吉は『ハムレット』の一齣を連想しながら、この句をヒューマニズムから解釈している。その辺の読みぶりは山本健吉に任せておく。

三鬼の「炎天」に対する不穏な印象は、「炎天に鉄船叩くことを止めず」、「炎天の映る鏡に帰り来ず」、「炎天の人なき焚火ふりかへる」(『夜の桃』・一九四八年/句は掲載順に羅列)のように、前句集である『夜の桃』からの傾向としてある。初めの「鉄船」の物象から「鏡」という人を映す用途のものへ移り、人が育んでいたであろう「焚火」、そして「犬捕り」という人へ至るところを見ると、山本健吉がこの句を選び、そのような鑑賞を行った意味を改めて同時代的な文学の潮流から考えなおす価値があるように思いもする。

今年の三月に刊行した琉球大学俳句研究会雑誌『a la carte』に、「好きな俳句を語る」という座談会録を掲載した。だから今回は、その座談会で用いてしまった十句を用いることができなかった。また、師の句に関しては、挙げれば限がなくなってしまうので、泣く泣く割愛するほかなかった。もし、興味を示して下さる方がいらっしゃれば、来年『銀化』で一年間連載する予定の「道夫俳句を読む」に期待して頂ければ幸いである。


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~Secret・Track~
「好きな俳句」を語る書き手について

安里琉太


さて、あらゆる制約を設けてみても、私にとっての「好きな俳句」は尽きることがなかった。そこに故人の俳句の潤沢さを見ることも出来たし、寧ろ、そこから漏れた「そうでもなかった俳句」について、検討し直すこともできたが、そうはしなかった。

そもそも今回、堀下から与えられたテーマである「好きな句」という領域は、聖典化される「私の思う名句」のそれとは違う。それは、角川『俳句』(2012.7)大特集「極めつき!平成の名句600」や『現代詩手帖』(2010.6)髙柳克弘氏選アンソロジー「ゼロ年代の俳句一〇〇選」、詩歌文藝誌『GANYMEDE』60号(2014.4)関悦史氏選「平成百人一句」等のような、アンソロジーから俳壇の一時代の傾向を言い当て、新たな俳句の時代を企図するものより、もっと「極私」的なフェティシズムの告白になることが予想される。

それは、「猫の出てくる句が好きだ」というような句材(乱暴に言えば)のフェチ、「思いもしなかった飛躍がある句が好きだ」というような句意のフェチについて、或いは「上五の「や」切れ、しかも季語でない名詞が置かれた句が好きだ」(〈中年や遠くみのれる夜の桃〉三鬼『夜の桃』)、「文法上は繋がっていても切れている句が好きだ」(〈手をつけて海のつめたき桜かな〉尚毅『舜』)というような文体のフェチについての二つがあるのかもしれない。

だから、今回の「好きな俳句」に挙げられた句こそが、次世代の俳人の聖典であるだの、世代に蔓延する云々を観測することが出来るだのといった半ばオカルトチックな妄言に寄与するものではなかろう、とも言い難い。

話しは変わるが、「好き」なものについて語るとき、なぜこうも恥ずかしさを伴うのか。それは、前述した通り、自らのフェティシズムを告白する行為だからである。

合コンの時の、「私、○○って言います。猫が好きです。寂しがり屋さんだからかな~。えへへ~。あ、でも気まぐれっていうよりは、尽くしたいって感じで、どっちかっていうとMで、Sっ気のある人が好きです」という自己紹介を思い出す、または想像してほしい。この薄ら寒い会話を思い出すだけで、十分恥ずかしくなれるが、留意したいのはそこではない。ここに表れている告白は、果たして本当に、私たちが思う告白ということばが指す感情的な行為ではない。さらに言うのであれば、本当に「好き」なのではない。この独白は、内面を吐露する行為ではなく、求められるであろう欲望に対するポーズであって、〈こころ〉なるものは真顔である。若しくは、「告白」することによって、内面を作り出す行為ともいえるだろう。「Mです」ということによって、Mである内面性を後々作り出している。

私は、この文中で〈語る書き手〉という一見矛盾した語の連なりを採用してきた。それは、これらの原稿が告白するという衝動的で感情的な内面〈こころ〉に根差した行為を行いながら、その一方でその告白を自ら追認し、理性的に考える書く方法を用いているからだ。ここに二重の捻じれがある。それは、ものすごく恥ずかしい捻じれである。ラブレターのそれに似ている。父をあらゆる要因で死なしめた寺山修司に似ている。寺山が書き留めてきた名言集『ポケットに名言を』が、寺山へと還元されるようなものである。詰まるところ、自己演出にすぎない。

好きな俳句を〈語る書き手〉は、同時代的(≠同世代的)に共有されているフェチの言説を軸に、自らのフェチを如何に告白するのだろうか。その句を「好き」がどのように好きであるかを書き手が語るとき、〈語る書き手〉の俳句観を形作っている言説を垣間見ることが出来るのである。そうした言説を読み取るとき、「極私」的なフェティシズムは、十分に何処かに蔓延する云々を観測するものに成り得る。

こうした時、「好きな俳句」を語ることは、自らを如何に語るか(/書くか)という難解性と暴力性とに満ち溢れたものになっていると気づかされる。そして、そもそも俳句において衝動的な「好き」が可能なのかという問にさえ、ひっそりとした道を開くことが出来るのではなかろうかと思う。

「好きな俳句」に並んだ〈語る書き手〉は、一体他に誰がこの企画を担当するのかを全く知らない、目隠しをされた状態である。「私はどのように書き、どのような形式をとることで、他者と触れ合うことのできるフェチ、若しくは孤高のフェチとして屹立できるか」、という不思議な欲望が、ほんの少しでも頭によぎったはずである。

そして、この企画をプロデュースし、依頼を割り当てた堀下翔(彼は時折、Twitterでネカマっぽいことをする。寧ろ、そういう風に自己演出を行っていると私は思う)は、人に告白させることで欲望を充足させているに違いない。であるから、「好きな俳句」に対するフェティッシュな欲望が問として浮上した時、最も初めに問われなければならないのは、堀下自身の「書かれたもの」に対する欲望なのである。

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