2016-12-25

【週俳10月11月の俳句を読む】かはゆい 宮本佳世乃

【週俳10月11月の俳句を読む】
かはゆい

宮本佳世乃


身体より心が寒いので失敬  加藤静夫

先日、近所の川を散歩していたら、帽子を被った年配のサラリーマンが金網を超えて向うの林に渡ろうとしていました。

けれども見える範囲に道はなく、仕方がないので金網を越えるのを諦めた男は、とぼとぼ消えるように去っていったんです。

未だに彼がどこから現れたのか分からない。

「失敬」という言葉は日常ではあまり聞きません。

たぶん同世代でも、上の世代でもそういう言葉を用いる人と共にいないからでしょう。

「失敬」って、なんとなく紳士的でもあり、なんとなくレトロ感を呼び起こさせる。

この言葉の軽さがいいと思いました。

身なりのよい年配の男性が「失敬」と残して去る原因は「心が寒い」から。

気の置けない仲間と一杯やり、少し心が寒くなったとか、失恋とか、もしくは金網を越えられなかったから、とか。

この十七音をそばで聞いたら、かはゆいなぁなどと思ってしまいそうです(失敬)。


塔といふ涼しきものや原爆以後  樫本由貴

木の実降る限りこの川原爆以後  同

S・ベケットに「ゴドーを待ちながら」という戯曲があります。

男二人が「ゴドー」を待っている。ゴドーとは何なのか、本当に来るのか、誰も知らない。ただ、待っている。そこに少年が登場してゴドーさんは来られないと告げる。

二人は、じゃあ行くか、ああ行こうといいながら、動かない。

そして幕。

連作を読んで、「ゴドーを待ちながら」を思い出しました。


加藤静夫 失敬 10句 ≫読む

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