2016-12-04

後記+プロフィール 第502号

後記 ● 福田若之


今号では、「石田波郷新人賞」落選展をお届けします。



先週号から、平成九年度俳句会作品集『九集』についてのお知らせを掲載しております。ご予約締め切りは12月10日(土)までとのことですから、お早めに。お申し込み方法については、当該記事をご参照ください。



藤田哲史さんの連載が第三回を迎えました。今回の論は、いわゆる「取り合わせ」の技法の有無によって近代俳句と現代俳句を区分するというもの。

ただ、これはいくらなんでもちょっと無理筋な気が……。少なくとも、この枠組みでいくと、映画におけるエイゼンシュテインの衝突法のモンタージュを一句の構成法に関連付けた山口誓子は、「現代俳句」の側の人として語られないと、おかしい。金子兜太「造型俳句六章」の二章III節の終わりに、まさしく誓子の構成法のことが書いてあります。

ここで、「造型俳句六章」の描く俳句史をおおざっぱに確認すると、まず、描写のうちでも直叙法を用いる個我の主観の表現として子規・虚子らの近代俳句は出発するが、それが「花鳥諷詠」論に前後する時期に諷詠的傾向へと堕落する。こうした状況から、描写としての構成法である外向的構成を用いる個我の主観の表現として、秋櫻子・誓子らの新興俳句が登場。それが、批評的傾向をもつ鳳作らの作品を経て、描写否定の構成法である内向的構成を用いた三鬼、赤黄男、窓秋らによる主体の表現へと発展する。また一方では、この新興俳句運動と並行して、構成法に反駁しながら諷詠的傾向を乗り越えようとする立場から、草田男・楸邨らによる、技法論をもたない個我の主観の表現としての象徴的傾向が現れる。そして、これらの傾向から、主体の明確な自覚にもとづいて内向的構成を用いる表現としての造型が導かれる、といった具合。個々の用語に対して兜太が独自に与えている定義については、原文を参照していただくことにして、とりあえず、「造型俳句六章」の俳句史はこういった言葉でもって紡がれています。

そして、そこに、たとえば、「図式的にいえば、個我は近代の内実であり、主体は現代のそれである、といって差支えないと思います」という言葉があって、「造型俳句六章」においては、近代俳句と現代俳句の境目が新興俳句の爛熟期に求められていることが分かります。ちなみに、兜太のいう「個我」と「主体」の区別をごく簡単に整理すると、自分が自分であることの確認を問題としているのが「個我」で、自分が他に対して何者であるのかを問題にしているのが「主体」。後者がより発展した状態として語られていることは、言うまでもありません。

思うのは、俳句を作る人の内実というものがあって、それがある手法を用いることで(あるいは手法を用いないことで)句において表出される、ということが前提とされていた時代における、その時代自身のための俳句史は、これでひとまずけりがついてしまっているのではないか、ということ。「個我」はあたりまえのように自覚的な「主体」へ向かうように方向づけられているし、「描写」は「構成」へと方向づけられている。だから、「造型」を自覚的な主体による内向的構成と捉えるなら、行きつくところは「造型」以外にありえない。

したがって、〈内実の表出〉とは別の切り口から歴史を捉えなおすのでなければ、「造型俳句六章」をまるごと片付けることはできないといえます。それも、単に〈内実の表出〉という視点を無視するというのではなく、これまでの俳句史において重要なことがらは実のところ〈内実の表出〉ではなかったのだということを積極的に示すのでなければならないわけです。もちろん、その糸口は戦後の俳句・俳論にごろごろ転がっている。完市とか、重信とか。ごろごろ。

あと、一つ付け加えるなら、たとえば、「造型俳句六章」の俳句史は、徹頭徹尾、男だけで成り立っています。「造型俳句六章」は、つまるところ、そういう作られた俳句史でしかないわけで、脇から突き崩すことも、できないことはないに違いありません。



なんか、また要らんことを書いた気がしますが……。



いただいて、読んで、読んだままになっている句集ばかりで、申し訳ないことばかりしています。何か書きたいと思いながら、どうにも手も首も手首も回らない。そんな年の瀬です。来年の春には、どうにか。



街では早くもクリスマスの飾りなどを見かけるようになってきました。太宰の小説では「メリイクリスマス」が好きで、この時期になると、僕は太宰の名前を思いだします。



それではまた、次の日曜日にお会いしましょう。


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「2016石田波郷新人賞落選展」参加者のプロフィールは、こちら 

平山雄一 ひらやま・ゆういち
1953年生まれ。1987年より、吉田鴻司に師事。2003年、 第一句集『天の扉』を上梓。2006年より、超結社句会“わらがみ句会”代表。結社誌『鴻』で俳句エッセイ「ON THE STREET」を連載中。ロックやコミックスなどのポップカルチャーと、俳句の共通点を探求している。 公式Web OPEN http://www.yuichihirayama.jp 公式Facebookページ https://www.facebook.com/yuichihirayama.jp/ 

■藤田哲史 ふじた・さとし
1987年三重県伊賀生まれ。2006年東大学生俳句会に参加。2007年俳句結社「澤」に入会。2009年澤新人賞受賞、同年俳句アンソロジー『新撰21』に参加。現在無所属。生駒大祐と俳句系ウェブメディア「Haiku Drive」を不定期更新中(ちゃんとやれ)。 

■瀬戸正洋 せと・せいよう
1954年生まれ。れもん二十歳代俳句研究会に途中参加。春燈「第三次桃青会」結成に参加。月刊俳句同人誌「里」創刊に参加。2014年『俳句と雑文 B』を上梓。

■藤原暢子 ふじわら・ようこ
1978年鳥取生まれ。岡山育ち。東京在住。「魚座」を経て「雲」所属。旅人。祭女。

西原天気 さいばら・てんき
1955年生まれ。句集に『人名句集チャーリーさん』(2005年・私家版)、『けむり』(2011年10月・西田書店)。ブログ「俳句的日常」 twitter 

福田若之 ふくだ・わかゆき
1991年東京生まれ。「群青」、「ku+」、「オルガン」に参加。共著に『俳コレ』(邑書林、2011年)。

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