2017-09-10

【週俳8月の俳句を読む】光あれ 西生ゆかり

【週俳8月の俳句を読む】
光あれ

西生ゆかり


二行にて足りる日記や虫の声  矢野公雄

「光あれ」と言ってみた。
そしたら光ができた。
  某月某日 神

たぶん、世界最初の日記はこのようなものだったのではないか。ごてごてした情景描写や、理屈っぽい解説や、字数稼ぎの会話文はなく、一筋の光のような文章が、ぽん、と置かれたのではないか。それが膨らみ、継ぎ足され、光の中に命が生まれ、神々の世が、人の世が、これまで連綿と続いてきたのではないだろうか。もちろん「世」はそれだけではない。犬の世、猫の世、猿の世、牛の世、鳥の世、虫の世、魚の世……。様々な「世」がひしめいている。それぞれの「世」の中で、皆うめいたり、わめいたり、鳴いたり、泣いたり、笑ったり、歌ったり、踊ったりしている。人々がわあわあ泣いたりうめいたり笑ったり歌ったりする声は、ひょっとしたら神の耳には、虫の声のように聞こえているのかもしれない。

さきがけもしんがりもなき踊の輪  矢野公雄

命には、始まりがあり終わりがあるとされている。時間は、過去から未来へ一直線に流れるものとされている。しかし、本当にそうなのか。そういうことにしておかないと崩れてしまうものがあるから、そういうことにしているだけではないか。本当はそうではないことを時々思い出すために、人は踊るのではないか。主婦も町内会長も、先生も生徒も教頭も、コンビニの店員も警官も、肩書のある人もない人も、生まれてから間もない人も、まだ生まれていない人も、随分長く生きている人も、かつては生きていた人も、皆輪になって踊っている。輪の中心には、光がある。光の中で、皆うっとりと溶け合っていく。


第537号
岡田耕治 西瓜 10句 ≫読む
樫本由貴 緑陰 30句 ≫読む
三宅桃子 獏になり 10句 ≫読む
山口優夢 殴らねど 10句 ≫読む
矢野公雄 踊の輪 10句 ≫読む

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