2018-01-14

【週俳12月の俳句を読む】何が聞こえるのか 何が見えるのか 何に触れるのか 松下カロ

【週俳12月の俳句を読む】
何が聞こえるのか 何が見えるのか 何に触れるのか

松下カロ


     



昭和衰へ馬の音する夕かな 三橋敏雄

ある時代がいつ終わるのかは見えにくいものです。昭和の末、終焉は予期されていましたが、それがやって来る日は誰にもわかりませんでした。しかし、今、わたしたちは平成がいつ終わるのかを知っています。


左右から別の音楽クリスマス 村田篠

こゑとこゑ砂のごとくに十二月 西原天気

それぞれの言葉で語られるのは、煩瑣な音に紛れて聞きたいものが聞こえないことか、あるいは、本当に聞きたかった音や声を失くしてしまったことでしょうか。


採掘の助手と接吻耳袋 岡田由季

岡田さんの〈接吻〉は、聞こえないこと、そして、見えるもの(耳袋)に隠された見えないもの(耳)によって秘められた情景となりました。ともあれ、詠み手たちは、聞こえず、見えぬことを静かに受け入れています。


イヤホンに音の通はぬ冬籠り 滝川直広  
極月の百葉箱の眩しさよ  
ドックより鉄気(かなけ)のにほひ泡立草
寒暁や耳鳴りに耳ふさがれて 

事物と心象は巧みに容合しています。滝川さんの十五句には、聞こえぬものに耳を澄ます内省的な姿勢を感じました。



鴨なくやキリスト教の街宣車  桐木知実

耳を裂く街宣音の中に作者は細い鴨の声を聞き分けます。

カラスはキリスト青の彼方に煙る 阪口涯子

が浮かんできました。昭和後期の句です。前句は音と音、後句はカラスの黒と青、即ち色と色の対峙が言葉を緊張させています。桐木さんもまた、声弱く非力な鴨の中にキリストを見ているようです。一転、

冴え渡る星を烏の喰らいたる 知実

こちらの烏(カラス)は獣性をあらわにして魅力的。


留守電になって襖に耳あてる 松井真吾

誰の声を拾うためか、襖の陰で拉げた耳のかたち。多分この耳も何も聞き取れない耳です。松井さんの作品には、

吐く息を見上げていたり鎌鼬 真吾

日常の中に居ながら日常を越えようとする句と、

橇に乗るひとから外される視線 真吾

誓子さながらのモンタージュが効いた句が混在し、多重な像を結んでいます。





凍鶴のこゑを旅の荷ととのはず 鈴木総史

ここにも声があります。「こゑを」の助詞〈を〉が美しく響くのは、〈を〉が必ずしも中七につながらず、言わば無駄な使い方がなされているからです。十七音に無駄を置くことは危険な行為です。ですから、この句はどこか危険です。が、危険を冒した言葉は美しいのです。

石蕗の花一歩に寺の軋みけり 総史

花と禅気、たった一歩に寺廊が軋む音もまた美しいと思いました。〈軋む〉という言葉は、次の詠者にも使われます。


のぼせると鯨が背景に軋む 福田若之

鈴木さんの〈軋み〉と福田さんの〈軋む〉は、即物と喩の違いを負っています。寺の軋みは清陰、鯨の軋みは深い。

鯨その心臓がまだ柔く動く 若之

アメリカ映画「八月の鯨」のヒロインにとって、鯨は戻ってこない日々の象意でした。大江健三郎の「鯨の死滅する日」の鯨は作家が人間に厳しく求める尊厳の徴。福田さんは、鯨という不羈の存在に、意味を捨てた意味、余人にはない自身の意味を探しています。こうした詞は必然的に多数の共感からは離れてゆきますが、その向う側に新たな共感を掘り当てるポテンシャルも秘めています。


堪忍と言うて色足袋脱ぎにけり 岸本由香

川端康成の「雪国」のような物語世界に、古風であることを選び取った岸本さんの覚悟が見えます。湿り気を帯びた句々は喩との連戦に疲れた読者を癒してくれました。

山眠る着信音のいつまでも 由香

夢に鳴る着信音には〈聞こえない〉もどかしさも〈聞かない〉意図もなくやすらかです。


指あかく見えない棘や触ればある 上田信治

畢竟、わたしたちは聞きたいものを聞き、見たいものを見、触れたいものに触れることしかできません。上田さんは指先に刺さった棘に触れて痛みを確かめます。それは言語への自己投入であると共に、どこかに社会と他者への懼れを含んでいます。平成末期の冬、指の痛みは時代の痛みではなく、時代と挙措を共にできないことの痛みでしょう。十人の詠み手の手段はさまざまですが、終ろうとしている時代の意識が底流にあることも感じられました。                  
2018年1月





岸本由香 勘忍 10句 ≫読む
松井真吾 フラメンコスタジオ 10句 ≫読む
桐木知実 控え室 10句 ≫読む
鈴木総史 町暮れて 10句 ≫読む
第556号 2017年12月17日
滝川直広 書体 15句 ≫読む
上田信治 朝はパン 10句 ≫読む
福田若之 パサージュの鯨 10句 ≫読む
村田 篠 握手 5句 ≫読む
西原天気 抱擁 5句 ≫読む
岡田由季 接吻 5句 ≫読む

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