2018-03-18

【週俳2月の俳句を読む】本郷と言えば 菊田一平

【週俳2月の俳句を読む】
本郷と言えば

菊田一平


本郷の坂ふつくらと春立ちぬ  堀切克洋

本郷と言えば即座に波郷の〈夜桜やうらわかき月本郷に〉と佐藤鬼房の〈金借りて冬本郷の坂下る〉の句が浮かぶ。それぞれ、春の夜のあたたかさと、冬の夜の寒々とした空気感を感じて好きな句だ。地形的に文京区のあの辺りはゆるやかな台地を形成していて坂がいくつもある。そのてっぺんにある本郷は心理的に皮膚感覚的に季節感をまざまざと感じやすいところなのではないだろうか。掲句の「春立ちぬ」を形容している「ふつくらと」にそんなことを感じながらこの句を読ませていただいた。

春浅し水蛸の白透きとほる  堀切克洋

真蛸と水蛸の違いは脚の付け根を見ればわかる。真蛸は脚の付け根がすっきりしているが、水蛸は脚と脚との間に水搔きのような皮膚が厚く付いている。刺身にしたときこの皮膚の舌触りが嫌いで断然真蛸派だったが、ある時札幌で食べた水蛸の刺身でこの認識が変わった。透き通るほどに脚が白く且つてないほどに美味かった。以来蛸の刺身は水蛸、しかも札幌のそれに限ると思っている。


風邪薬しゃりんと振って残業へ  野口裕

「しやりん」のオノマトペの使い方がとても上手い。あまり薬には詳しくないけれど、この音でこの薬が粉薬だったり顆粒状のものでないことがわかる。多分瓶入りの錠剤かカプセル状のものなのだろう。風邪薬のTVコマーシャルがいくつか思い浮かぶのだが名前が出てこない。それはそれとして、風邪を押しての残業とはまた辛い。現役を離れてだいぶ時間がたつけれど、そんな状態で仕事に戻ったいくつかの状況が、懐かしさとはまた違った想いで思い出されてくる。

鮒去りぬ氷の下の泥煙  野口裕

「氷の下の泥煙」のいい方が簡潔で景がとても鮮明だ。「氷の下の」とはいっても寒の内ではなく立春を過ぎて、そろそろ乗っ込みが始まるころの「薄氷の下の泥煙」なのだろう。鮒の機敏さが春の訪れを巧みに伝えている。


雪靴の試し履きなり雪を踏む  黄土眠兎

先日、何人かの俳句仲間たちと花巻の大沢温泉に吟行に行った。予め雪が多いと情報が入っていたからそれぞれ雪対策をしっかり考えたブーツやスノーシューズで出かけたがSさんだけはその上を行く新品の重装備の長靴のようなの雪靴だった。集合の駅でそれを見たときは唖然としたが、羅須地人協会の跡地でも賢治の下ノ畑でもにこにこしながら膝くらいの丈の雪道に平気で踏み込んで行くのを見てなるほどと思った。案の定Sさんは句会で高得点句を連発。きっと記念に残る吟行だったに違いない。

あたたかや新幹線にコンセント  黄土眠兎

なるほどと感心しながら読ませていただいた。今や誰もがパソコンを持ち歩く時代。新幹線の席にコンセントがあってもおかしくないし、それ以前からきっと電気カミソリ用のコンセントが洗面所に在ったに違いない。しかしそれに誰もが気が付くわけではない。まさに着眼の勝利。「あたたかや」の入り方がなかなかだ。


鯨潜り国境線は地図の上  川嶋健佑

ご存知のように食卓に上がる多くの魚が回遊しながら生きている。生まれた川に成魚となって戻って来るウナギやサケがそうだし、サンマやカツオやマグロがそうだ。とりわけその回遊範囲が広いのがクジラ。餌の発生や繁殖に合わせて地球を大きく回遊しながら生きている。人間が考えた国境線は回遊生物には当てはまらない。調査捕鯨以外の捕鯨が禁止され、生態系が崩れ始めるほどに増えたといわれるクジラたちが、潮を噴き、水しぶきをあげながら回遊する景を思い浮かべた。雄大でワクワクする一句だ。

冬空の下に今上天皇と香香と  川嶋健佑

下五の「香香と」で昭和天皇と納豆の話を思い出しておかしくなってしまった。ある時巡行先で納豆を知った天皇が東京に帰って侍従に「納豆が食べたい」といったらしい。天皇の調理番はしっかりと糸が引く納豆を用意したのだったが毒見のひとたちが「糸を引く腐ったものを陛下に食べさせるわけにはいかない」と湯通しいてしまい、天皇の口に入った時にはただの茹で豆のようになってしまっていた、というのだ。「今上天皇と香香」の場合は話がどんな流れになっていくのだろう。思うに今上天皇が考えた「香香」は、きれいに着色され、味の素の粒が光っている状態なのではなかったろうか。その先の顛末を是非川嶋君に教えていただきたい。もっとも「香香」が「沢庵」のことじゃないといわれればわたしのはやとちりで話はそれまでなのだけれども……。



堀切克洋 きつかけは 10句 ≫読む
第564号 2018年2月11日
野口 裕 酒量逓減 10句 ≫読む
第565号 2018年2月18日
黄土眠兎 靴 10句 ≫読む
第566号 2018年2月25日
川嶋健佑 ビー玉 10句 ≫読む

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