2012-05-27

〔週刊俳句時評63〕動き始めた【itak】 五十嵐秀彦

〔週刊俳句時評63〕
動き始めた【itak】(イタック)

五十嵐秀彦


1 5月12日

もう少し混乱してもよかったかな?
5月12日、会場となった札幌市中央区民センター視聴覚室は、定員40名。追加の椅子は10脚に限られていて、はたして何人来るのか見当もつかない中、ハラハラして当日の受付を始めたら、結果的にはピッタリの50名。
花冷えの日であった。

俳句集団【itak】はそうしてスタートした。
言い出しっぺは私であるが、準備をしたり当日仕切りをしたのは私ではない。15名の幹事会が3月からこの日のために準備を続けていた。世代はまちまちではあったが、中心は30~40代の俳句の世界では若手の人たちである。
今回、この【itak】の一番の成果は何だったかと問われれば、この若いスタッフ(しかも句歴の浅い人たち)が自ら中心となって、道内の錚々たる俳人たちを集め自分たちも参加して句会を行ったことにある。


2 消滅に向かう文芸なのか

北海道には俳誌を発行している結社がおよそ34誌ほどある。(「北海道俳句年鑑」)
また、現代俳句協会もあり、俳人協会もある。さらに超結社の団体である北海道俳句協会という道内独自の組織もある。
それだけを見れば、俳句の盛んな土地のようにも見える。
それぞれが精いっぱいの活動をしているのは確かだ。
私自身、旭川市に本部を置く結社「雪華」同人であるし、中北海道現代俳句協会の役員もしているのだから、内情は分かっている。
しかし私も感じていることを、道内結社の人も、協会組織等の人も感じているはずだ。それは出口の見えない閉塞感が北海道中を覆っているという実感である。
結社以外にも、歴史のある小さな句会は北海道のあちこちにあるのだが、まずはそこから終末が現実となり始めている。
会員の高齢化のため句会継続ができなくなり解散が続いているのだ。
俳人協会のデータは残念ながら持っていないが、現代俳句協会と北海道俳句協会のデータはある。
どちらも毎年会員数の減少が続いている。
北海道俳句協会の会員を例にすると、平成5年に1710名というピークを記録した後、毎年減少を続け、平成23年から24年にかけて93名の減少の結果、最新会員数は802名まで落ち込んでいる。
大幅な減少である。単純に計算すると、あと10年持たないことになる。つまり10年経つと会員はゼロになるということだ。
ということはもちろん結社は小さなところからその10年の間につぎつぎと姿を消すことになるだろう。

そんなことは今気がついたわけではない。
もっと前から分かっていた。
分かっていたが、正直興味がなかった。
ひとことで言うならば、「潰れるものは潰れるしかなかろう」であった。
「消滅するべくして消滅するものを、どうすることもできない」
私はそう思っていた。


3 3つの出会い

だが、そんなことを考えていた私に3つの出会いがやってきた。
ひとつは酒場詩人と言われ、最近ますます話題の人である吉田類さんとの出会いであった。
なぜ出会ったのかは煩雑になるので省略するが、彼が北海道で自らが主宰する北舟句会というのを始め、たまたま私もそこに参加したのである。
驚くことに彼の句会は毎月40人以上集まるのだ。
札幌で40人以上集まる句会であるにもかかわらず、ここに私のこれまでの俳句の知人は一人もいなかった。
そして、なんという若さだろう。
道内の俳句の集まりはいつも高齢者が中心なので、この北舟句会の年齢構成は新鮮だった。
さらに、メンバーの大半が初心者だったのである。
その吉田類さんの句会については、以前週刊俳句の227号に「酒場の漂泊詩人 吉田類」として書いたことがある。
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2011/08/42.html
私はここで類さんを介して全く新しい顔ぶれを知ることになった。

二つ目は、やはり類さんとの関係なのだが、北舟の仲間たちと道東の漁村である常呂を訪問したとき、土地の俳句会「蛙声会」の人たちと出会ったことだ。
「蛙声会」は、道内の結社との関係は持ちつつも、本来独立した句会で、その歴史はすでに100年になる。
高知などから明治時代に入植した開拓者たちの、その心を俳句で支え続けながら、土地に密着した句会として活動し、いまなおその活動を続けているのであった。
しかし「蛙声会」も御他聞に洩れず高齢化が進んでおり、そろそろ先が見えてきているようにも見受けられた。

三つ目の出会いは、北海道新聞の文化欄で昨年8月から「道内文学時評(俳句)」を月一回執筆するようになったことである。
毎月、新聞社から資料として送られてくる数十冊の道内結社の俳誌等出版物に目を通すようになって、うすうす気づいていたことが想像以上に深刻であるという事実を突き付けられてしまったのだ。
結社ごとにクローズした俳句のショーケースとしての結社誌。
そこには批評は全くといっていいほど無く、仲間同士の鑑賞が若干ある程度で、ただただ俳句作品が毎月ページを埋めているのである。
俳誌というのはそういうものだと言われればそれまでだが、しかし、ここから受ける印象は、非常に静かに停止している文芸だった。

吉田類さんの句会が私に教えてくれたものは、俳句に興味を持っている若い人たちは今もたくさんいるということであった。
常呂の「蛙声会」が私に教えてくれたものは、地元密着の句会の意味ということであった。
北海道新聞の文学時評執筆が私に教えてくれたものは、非常に静かに停止している北海道の既成俳句界であった。

このチグハグ感は何だろう。
結社は活力ある行動を起こす力を失い、世代交代できないまま縮退し続けている。
批評精神を失った、芸事のような作品を並べた俳誌ばかりが毎月出版されている。
一方で、結社とは全く無関係な俳句愛好者がいて、俳句を作りたい、俳句をもっと勉強したいと思っている。


4 【itak】モデルという実践

そして私が何をしようと思ったのかは、週刊俳句263号「俳句集団【itak】前夜」に書いたとおりだ。
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2012/05/blog-post_06.html

冒頭に述べたように、スタッフとして動いてくれる仲間が10人以上集まってくれた。
3月から準備開始。
便利だったのはFacebookであった。
みんな仕事を持っている人たちなので、会って相談するのは数回しかできない。そのかわりFacebook上で毎日細かなことの打合せを続けた。
ネットを使って宣伝しようという方針のもと、facebook、blog、twitter、なんでも使った。
メンバーが作ってくれたイベント告知用ムービーをyoutubeにUPすることまでした。
http://www.youtube.com/watch?v=ZnJQJ5QHba4

句会だけではインパクトに欠けるので、第1部をシンポジウムとし、第2部を句会とするプログラムとした。
シンポジウムのテーマは「花鳥風月を考える」。
前からの仲間である俳人で英文学者の平倫子さんと私とで、俳句と英文学という異なる視点から花鳥風月を見てみたいという企画だったが、もうひとひねりしたくて前から私が注目していた歌人の山田航さんを仲間に引き込んだ。
山田航さんは20代の歌人で、26歳のときに角川短歌賞と現代短歌評論賞をダブル受賞した札幌在住の短歌界の秀英である。

そのように準備を進めていたが、私には気になることがあった。
それは、ネットでの宣伝が道内でどれほど効果があるのか読めないということだった。

それで終盤あわてて、思いついた人たちに手紙で案内を発送し、実は結果的にはこれが予想以上に効果を上げたのである。

そうして【itak】第1回イベントは実施された。
蓋を開けてみると、俳人協会や現代俳句協会、各結社から多くの実力者がやってきてくれた。さらに、無所属の人たち、初心者の若手たちもやってきた。
総勢50名。
年齢は20代から80代まで広い範囲で集まり、進行等運営を切り盛りしたのは若手のスタッフたちだった。リンク
こういう句会はこれまで札幌であっただろうか。
少なくとも私は知らないのだ。

シンポジウムの3パネリストそれぞれの意見は論考の形にして【itak】ブログにUPされているのでご一読をお願いする。

五十嵐秀彦 「花鳥風月の発生現場 ~一等低い音として~」

山田航 「私的花鳥風月観」

平倫子 「英文学から見た<花鳥風月>」


第2部の句会も43名が参加し、協会や結社の垣根を超えた句会が展開した。水と油かと思っていた作者同士が選で一致していたりしたのは内心してやったりという思いだった。

句会最高点を得たのは「銀化」の籬朱子さんの次の句

  葉桜となりて切り出す話しかな

であった。
 
【itak】は道内文学状況のひとつの事件として、後日北海道新聞で報道された。
http://itakhaiku.blogspot.jp/2012/05/itak_18.html

これからのことを言えば、句会をやって終りではないところが【itak】の特徴である。
すでにいくつかの記事がUPされているが、【itak】ブログにこれからも俳句作品や評論作品が掲載されていく予定だ。
参加自由の句会を定期的に継続し、並行してネットをメディアとして作品の発表を行う。情報の発信を行う。
句会はあくまで実際に集まれる人たちで行う。
地域に縛られた句会と、地域から解き放たれた発表媒体。この矛盾した二輪車で【itak】はガタガタと進むのである。

第1回が終わって思うことは、ネットの呼びかけが道外で反響を呼んだほどには道内の若手の俳句愛好者たちに届かなかったということだ。
それは物理的に届かなかったのか、それとも届いていたが行動につながらなかったのか。
常識的に考えて後者だろう。
このことだけが予想外だったのだが、これは今後継続していくうちに変化を呼び起こそうと考えている。

結社でも同人誌でもない【itak】モデルは、組織となることを求めるモデルではなく、運動につなげていくことを模索するモデルである。
北海道の停滞した状況に似た地域はほかにもあるのではないか。ぜひ【itak】モデルがどうなるのか注目していただきたい。
私たちは失敗することさえ成果であると考えて取り組んでいる。
冒険としての文芸の魅力を参加者が味わえれば、結果が空中分解となったとしても気にしない。
私もこんな無鉄砲なことは久しぶりで、年甲斐もなくウキウキとしているのである。


当日の雰囲気を一般参加者の方がご自身のブログで報告してくださったので、それを紹介しておく。

俳句集団【itak】旗揚げイベント参加報告記(1)

俳句集団【itak】旗揚げイベント参加報告記(2)


今回は私自身が関与したイベントを時評の題材とした。やや時評のルール違反であったかもしれないが、しかし、今年これ以上の事件は北海道で起こらないと、断言できる。
これを時評としないわけにはいかなかったのである。


俳句集団【itak】ブログ  http://itakhaiku.blogspot.jp/
連絡先 itakhaiku@gmail.com

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