2013-08-04

俳句の自然 子規への遡行20 橋本直

俳句の自然 子規への遡行20


橋本 直
初出『若竹』2012年9月号
(一部改変がある)
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連載第17回で、子規が自分と神について詠んだ句を確認した。その後、前出の柴田奈美氏の著書「正岡子規と俳句分類」の指摘で「神の子の地に低く飛ぶ花野哉」(「寒山落木」明治二十七年)という句に、本稿の文脈に関連する事項を見出したので、今回補足検討しておく。

この句は「神」が詠み込まれてはいるものの、一見して直接作中主体と神との親和を詠み込んでいるとは読めないので取り上げなかったのだが、柴田氏の指摘によると、この「神の子」は、子規が明治三十一年に書いた「小園の記」の「蝶と見しは皆小さき神の子なり」という記述や、その他の散文や新体詩などの記述に拠って「蝶のイメージ」(柴田前掲書147ページ)だという。それらを総合して柴田氏は蝶を神の子とみなす子規の浪漫性に注目されているが、そういうことであれば、同書中では指摘がなかったと思うけれども、掲句の発想の源は、おそらく「野を低く遊ふ胡蝶や菫草」(吟江「心の花」)ではないか。「分類俳句全集」第三巻に菫と動物で分類されており、蝶が「低く飛ぶ」ことが共通する。

ともあれ、本稿では「小園の記」の記述に少しこだわりたい。以下、先ほどの部分を含めて少し長い引用を行う。
折ふし黄なる蝶の飛び来りて垣根に花をあさるを見てはそぞろ我が魂の自ら動き出でゝ共に花を尋ね香を探り物の芽にとまりてしばし羽を休むるかと思へば低き杉垣を越えて鄰の庭をうちめぐり再びもどりて松の梢にひら/\水鉢の上にひら/\一吹き風に吹きつれて高く吹かれながら向ふの屋根に隠れたる時我にもあらず惘然として自失す。忽ち心づけば身に熱気を感じて心地なやましく内に入り障子たつると共に蒲團引きかぶれば夢にもあらず幻にもあらず身は廣く限り無き原野の中に在りて今飛びし蝶と共に狂ひまわる。狂ふにつけて何處ともなく數百の蝶は群れ来たりて遊ぶをつら/\見れば蝶と見しは皆小さき神の子なり。空に響く楽の音につれて彼等は躍りつゝ舞ひ上り飛び行くに我もおくれじと茨葎のきらひ無く蹈みしだき躍り越え思はず野川に落ちしよと見て夢さむれば寝汗したゝかに襦袢を濡して熱は三十九度にや上りけん。
(「小園の記」初出『ホトトギス』明治三十一年十月)
※くの字点は「/\」で表記した
このように、蝶と同一化して「我が魂の自ら動き出でゝ共に花を尋ね」、「夢にもあらず幻にもあらず身は廣く限り無き原野の中に在りて今飛びし蝶と共に狂ひまわる。」ことが描かれ、さらに「蝶と見しは皆小さき神の子なり」という。このような描写から読みとれることは、病熱にうなされる中で見た幻夢の様子であり、蝶のように見えた「神の子」とともに飛ぶ子規自身の魂の姿である。直接先の句に詠まれたものと全く同じとみなすことはできないが、この小文における「神の子」は、「蝶のイメージ」と重ねた浪漫性だけでは片付かないなにかがあるように思われる。

この文から、いわゆる荘子の「胡蝶の夢」や、芭蕉句の「夢は枯野をかけ廻る」という一節を連想することは許されるだろう。子規がプシュケ―(Psyche)を学んでいたか未詳だが、魂と蝶は西洋においても結びつく。子規がどこで思いついたか不明だが、「神の子」という言い回しを多用するのはキリスト教である。さらに『万葉集』では蝶は詠まれていないとか、昔は死霊の魂を運ぶ不吉な虫と思われていたとか、連想はいろいろ働く。

また、「小さき神の子」という表現に限ってみても、映像的に子規の見たものを想像するのはなかなか困難であるが、蝶かと思って見れば神だったという物言いから擬人的な姿を想像することは可能だろう。しかし、具体化しようとすると、子規が角(み)髪(ずら)姿の八百万の神々、たとえば少彦名神などイメージしていたのか、あるいは西洋の天使や妖精のようなものをイメージしていたのか、何か独創があったのか判然としない。既存の日本の神々の像であれば、羽のあるものは限られ、天狗が代表的だが、「小さき神の子」という描写にはそぐわない。いずれにせよ、それが数百も集まった中に子規が交じって狂い飛ぶという想像は、浪漫的というにはいささか凄まじすぎはしないだろうか。

ところで、飛ぶ蝶が実は神の子であったというならば、それにまじって飛んだ子規と神に、なんの同一性もないとはいえまい。この文が書かれた時と時系列では逆になるが、「神の子の地に低く飛ぶ花野哉」は、「神の子」とともに作者の魂も飛んでいたことを暗示するのかも知れない。そこで「神の子」を詠んだ子規の句をさらに調べると、他にも、「神の子の菫の露を吸ふ画かな」(『ほとゝぎす』明治三十一年四月三十日)、「神の子のあちこちと追ふや散る紅葉」(『ホトトギス』明治三十三年三月十日「奇想變調錄 冬」)、「神の子に追はれて上る雲雀かな」(「春夏秋冬」春之部。初出『日本』明治三十四年三月三十日)の三句を見出せる。最初の句は「菫の露を吸ふ」から「蝶」などの虫を連想することが容易いが、それが「画」の中となれば現実味や季感は薄い。二句目の「神の子のあちこちと追ふや散る紅葉」は、「神の子」が蝶ならば冬の蝶の描写として異様であるが、「奇想變調錄」と題された中の一句であり、このあたりから作者の「魂」が神と共に飛んでいるのかも知れない。三句目の「神の子に追はれて上る雲雀かな」は「春夏秋冬」の「雲雀」に所収だが、「神の子」に蝶を代入してもいささか非現実的であり、子規の魂が雲雀を追っているようにすら思われる。

(つづく)

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